同友会メディカルニュース

2024年8月号
ハチ毒アレルギー

はじめに

今後、長期休暇などを利用して、山や森など自然豊かな場所に行く機会が増えるかもしれません。行動範囲が広がると普段よりハチに遭遇しやすくなると思います。毎年夏から秋にかけて(特に5月〜10月)ハチ刺傷による死亡事故がニュースなどで報道されています。今回は、ハチ刺傷について解説します。

ハチ毒アレルギー

ハチ刺傷とアナフィラキシーについて

ハチ刺傷の頻度は、住居や職業などの環境により大きく異なります。林業、農業、造園業、養蜂業、ゴルフ場、建設業、電気工事の従事者に多く認めます。後ほど詳しく解説しますが、ハチ刺傷でアナフィラキシーを起こすことがあります。アナフィラキシーの誘因は、[図1]に示す通りで、食物、医薬品に次いで、昆虫刺傷(ハチを含む)が3番目に多いことがわかります。さらに昆虫刺傷の詳細を[表1]に示すと、アシナガバチ、スズメバチ、ミツバチの順に多いことがわかります(この調査は、2015年2月から2017年10月の期間にアレルギー専門病院で診断されたアナフィラキシー患者 767名の結果です)。一方、アナフィラキシーショックによる国内での死亡数は[表2]の通りです。総死亡数は1年間に50〜60人程度ですが、そのうち、ハチ刺傷は20人前後(30%前後)を占めます。ハチ刺傷の特徴として、アナフィラキシーの誘因としては少ないですが、症状が重症化してアナフィラキシーショックで死亡にいたる割合が多いことがわかります。

図1. アナフィラキシーの誘因(アレルギー、2022)

表1. 昆虫刺傷の詳細(アレルギー、2022)

表2. アナフィラキシーショックによる死亡数 2001-2020年

ハチ毒について

ハチ毒の主成分を[表3]に示します。ハチ毒の作用に注目して3つに分類します。まず、①痛みを起こす毒成分として、ヒスタミン、セロトニン、アセチルコリンなどが挙げられます。これらの成分が原因で、痛み・痒み・発赤などの症状が起こります。ハチ毒針の物理的な太さによる痛みよりも、さらに強い痛みを感じる理由は、痛みを起こす毒成分が影響していると考えられています。次に、②アレルギー反応を起こす毒成分として、ホスホリパーゼA、アンチゲン5などが挙げられます。これらはハチ毒の主要なアレルゲンで、これらに対する特異的IgE抗体を介して、血圧低下・呼吸困難・アナフィラキシーを含むアレルギー反応が惹起されます。最後に、③その他の毒成分として、メリチン、アバミン、ハチ毒キニンなどが挙げられます。これらは溶血・神経毒の原因になります。

表3. ハチ毒成分

「ハチ毒アレルギー」とは

「ハチ毒アレルギー」とは、ハチ毒に対する特異的IgE抗体を介した即時型アレルギー反応(I型アレルギー)です。
一方、同時に多数のハチに刺された場合、多量のハチ毒が注入されて、ハチ毒成分のヒスタミンなどが影響して、抗体とは関係なくアナフィラキシー様の反応を起こすことがあります。この場合は、特異的IgE抗体を介さない「アナフィラキシー様反応」といって異なる病態と考えられます。
「ハチ毒アレルギー」の症状は軽症から重症まで多彩ですが、刺傷後、分単位の短時間で症状が出現するのが特徴です。軽症例では、痛み・痒み・発赤などの局所症状だけで、数日で軽快します。重症例では、血圧低下・呼吸困難などが出現してアナフィラキシーになり、最重症例では、年間20人前後が死亡します。重症例では、刺傷後、約15分で心肺停止に至ります。刺傷後、症状が急速に悪化することがあるため、治療は一刻を争います。

診断と治療について

診断には刺されたハチの種類などの問診が最も重要です。皮膚テストやハチ毒特異的IgE抗体測定を補助的に用います。
治療に関しては、①ハチ刺傷直後の緊急治療と、②ハチ刺傷に対する根本的治療があります。

①緊急治療は、アドレナリン注射が第一選択です。アドレナリンには、血管収縮、心機能促進、気管支平滑筋弛緩作用があり、ショックや喘息症状を改善させます。また、アドレナリン自己注射薬(エピペン®︎)は世界的に普及しています。ハチ毒アレルギーでは、ハチ刺傷から心停止までの時間の中央値は15分とされ、刺傷後30分以内にアドレナリンを注射した場合、死亡者はほとんどみられませんが、30分を超えると死亡率が高くなります。このため自己注射のタイミングは、ハチ刺傷直後に吐き気、発汗、めまい、蕁麻疹、ふるえなど何らかの全身症状が出現した場合、直ちにアドレナリンを注射することが推奨されています。山や森でハチに刺された場合、近隣の医療機関に行くまでに時間がかかり、致命的になることがあります。そのため、ハチに刺される機会の多い職業に従事されている方には、エピペン®︎の携帯が非常に重要です。なお、アナフィラキシーについての詳細は、2021年10月号)の「アナフィラキシーについて」をご参照ください。

②根本的治療として、ハチ毒アレルギーに対するアレルゲン免疫療法があります。アレルゲン免疫療法の施行法には、注射による皮下免疫療法(subcutaneous immunotherapy, SCIT)および舌下免疫療法(sublingual immunotherapy, SLIT)があります。ハチ毒抽出エキスを用いたアレルゲン免疫療法(SCIT)は、ハチ毒アレルギー患者における唯一の根本的治療です。
有効性に関するメタ解析では高いエビデンスレベルが示されていて、欧米のアレルギー学会のガイドラインで推奨されています。具体的には、維持療法として4-8週間隔で皮下注射を行い、3-5年以上継続する必要があります。ただし、わが国では、ハチ毒抽出エキスを用いたアレルゲン免疫療法の保険適用がないため、一部の専門医療機関のみで施行されています。
また、免疫療法に関しては、2023年7月号の「スギ花粉症舌下免疫療法」もご参照ください。

ハチ刺傷を防ぐための対策

ハチが越冬の準備をする秋頃は特に危険な時期であることを認識しておきましょう。ハチに刺されないために重要なポイントは、色と匂いに気をつけることです。一般的にハチは黒いものに反応し攻撃するため、黒い衣類・靴、カメラなどは回避します。白い衣服が安全といわれています。また、香水、化粧品の匂い、ジュースやアルコールの匂いにも反応するため回避します。(なぜハチが黒色に反応し攻撃するのかはよく分かっていません。ハチにとって、ハチの巣を襲う天敵のクマが黒いため、黒色に反応して攻撃するという説があります。)

ハチ刺傷を防ぐための対策

おわりに

ハチ毒アレルギーは、ハチに刺されることにより起こるアレルギーで、繰り返し刺されることにより症状が重症化します。アナフィラキシーで死亡する患者数は国内で毎年20人前後です。ハチ刺傷で心肺停止するまでの時間は15分です。緊急治療は、アドレナリン注射(エピペン®︎)が第一選択です。ハチに刺されないための対策としては、①黒い衣類は避けること、②香水、化粧品、ジュースやアルコールなどの匂いのあるものはできるだけ避けることが重要です。ハチの多いシーズンですが、くれぐれもハチに刺されないように気をつけて行動してください。

遠藤順治

参考文献

  • アレルギー総合ガイドライン 2022 日本アレルギー学会
  • アナフィラキシーガイドライン 2022 日本アレルギー学会
  • アレルゲン免疫療法の手引き 2022 日本アレルギー学会
  • アレルギー診療 2019 医学のあゆみ
  • アレルギー疾患のすべて 2016 日本医師会雑誌
  • Barnard JH. J. Allergy, 45: 92-6, 1970. ほか

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