同友会メディカルニュース

2025年1月号
老化は突然やってくる?
~最新の研究結果の意義とこれから期待されること~

多くの方がこの記事をご覧になるのは年の瀬か年明け頃かと思いますが、今回は2024年を振り返って興味を引いた医学論文を1本ご紹介して、その意義とこれから期待されることについてお話させて頂きたいと思います。

1.論文の概要

人は誰であっても老化は避けられず、主な原因として遺伝情報が書き込まれているDNAが傷ついて少しずつ壊れていくことが知られているため、これまで老化は緩やかに一定のペースで(直線的に)進んでいくものと多くの人に受け止められていました。そうした中、2024年8月にアメリカのスタンフォード大学などの研究チームが「人には急激に老化が進む時期が2度ある」という内容の論文をNature Agingという学術誌に発表1)し、世界的に注目を集めたことを見聞きした方もいらっしゃるかと思います。25歳から75歳までの健康な男女108人を数年間にわたって追跡し、血液や便、皮膚、鼻咽頭粘膜、腸内細菌などを定期的に採取してその分子的な活性を測定したところ、性別に関係なく44歳と60歳で急激な老化が生じていたというのです。

少々専門的な話になってしまいますが、研究者らは免疫系や心血管機能・代謝・腎機能・筋肉や皮膚の構造に関連する、代謝産物・脂質・タンパク質・RNA・微生物叢を調べて、全部で13万種類以上の分子から2460億に及ぶデータポイント(マーカー)を取得しました。その膨大なデータを使って分子的・生化学的な変化が大きい年代を探したところ、実に81%の分子が、これまで線形的な老化モデルで予想されてきた連続的な変化ではなく、平均すると44歳と60歳を境に大きく変化していました。(図)

年齢と有意な分子数の関係

論文の中で研究者の報告によると、44歳頃を境にカフェインやアルコール、脂質を代謝する能力が大きく低下していることが分かりました。他にも様々な代謝が変動した結果として脂肪が蓄積しやすくなり、また組織を繋ぎとめるたんぱく質が変質して皮膚や筋肉の働きが悪くなることで、皮膚がたるんだり筋肉を傷めて身体能力や体力が落ちる人が多くなるのではないかと考察されています。60歳を境にその傾向が一段と強まり、免疫系や腎臓の働き、血管系の構造、酸化ストレス、糖・炭水化物の代謝にも分子的・生化学的変化が広く及ぶことで疾病リスクが高くなり、脳心血管系の疾患や腎臓病、様々な感染症、がん、2型糖尿病などにかかりやすくなることも明らかにされました。

2.研究結果から言える事と注意点

40代と60代に急に老化が進むことがもし本当であったとしても、そのこと自体をむやみに心配する必要はありません。私たちにいつ、どのような変化が生じて老化するかが分かれば、あらかじめ影響のいくつかを予防したり、最小限にするべく対策を講じることがこれまで以上に効果的に出来るようになります。

具体的には、老化が進む時期に近付いたら、それまではこれでいいと思っていた生活習慣であっても今一度見直し、飲酒や油ものを減らし、逆に抗酸化作用があるビタミンを多く含む野菜や魚の摂取を増やして、筋肉の劣化を防ぐために運動する機会を積極的に設けるなど、意識的にライフスタイルを変えるきっかけにして頂きたいと思います。もちろん、その年代まで気を付けなくていいわけではなく、早く始めるに越したことはありませんが…。

私たちの国では「厄年(やくどし)」といって人生の転機や変化が大きく体調不良が起こりやすい年齢がいくつか知られていますが、男性は数えで42歳が大厄にあたり、同様に男女ともに61歳も厄年です。厄年を過ごす際の心がけとして厄除け祈願をするかは本人の考え方次第ですが、「暴飲暴食や過度なアルコール摂取を避け、健康的な生活習慣を維持しましょう」と言われているのはさすが生活の知恵といったところでしょうか。そういえば還暦も60歳ですね。時代が移ろい平均寿命が大きく延びても、節目となる体の年齢が昔から変わっていないのは興味深いです。

この論文は老化が線形(直線)的ではなく非線形(階段状)に変化するもので、60代はもとより40代にも性差を問わず大きな転機があることを示して注目を集めましたが、研究者自身も認めているようにいくつかの限界もあります。参加者の母集団数が限られ追跡期間もあまり長くはないこと、全員がカルフォルニア州に住んでおり環境要因が似通った集団であることもそうですが、今回明らかになった分子的な変化が同じ人を長期にわたって追跡したものではないことや、変化の原因(生物学的なものか、生活習慣などの環境要因か)が特定されていないことには留意が必要です。また対象者が75歳までに限られており、人生100年時代ともいわれる中で75歳以降に第三の変化の時期が訪れるのかも知りたいところです。

3.これからの研究に期待されること

こうした課題はこれからの研究に引き継がれることになりますが、私が関心を持ったのは研究成果のみならず、今回の研究に「マルチオミクス解析」という手法が用いられていることです。そもそも本研究のタイトルが「ヒトの老化におけるマルチオミクスプロファイルの非線形ダイナミクス」なのですが、詳細は省きますがマルチオミクスというのは、ゲノム(genome:DNA)やエピゲノム(epigenome)、トランスクリプトーム(transcriptome:RNA)、プロテオーム(proteome:タンパク質)、メタボローム(metabolome:代謝産物)など、生体分子に関連したデータを複合的に解析しておこなう研究です。語尾に「~オーム」が付く研究のデータサンプルを複数(マルチ)網羅的に解析(ミクス)することからこのように呼ばれます。マルチオミクス解析は、創薬分野や難病・がんの病態解明、個別化医療、未病医学など、幅広い分野で期待されています。

これまでは膨大なデータ量を解析するマシンパワーやコストが普及の障害となっていましたが、過去のメディカルニュースでも触れられているように近年ゲノミクス解析技術が進んでコストの低下や設備環境の充実が実現しつつある中で、マルチオミクス解析が活用される機会が増えています。今後人工知能や量子コンピューターの開発・普及が進めば、時の権力者が欲して止まなかった不老不死まで解明されるかは分かりませんが、人の老化のメカニズムに一層の知見が明らかになることは間違いないでしょう。私たちは健診結果や主治医のアドバイスを参考にしながら、上手に年齢を重ねていくために今出来る事に積極的に取り組み、健康寿命の延伸に役立つ新たな発見を楽しみに待つことにしましょう。早速ですが年末年始、暴飲暴食なさらないようご注意ください。

吉本貴宜

参考文献

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

同友会メディカルニュース

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