同友会メディカルニュース

2025年2月号
入浴中にみられる不慮の事故とその予防
―ヒートショックについてー

はじめに

厚生労働省の「人口動態統計」によると令和4年の死因のうち「不慮の事故」は第7位(43,357人)で、そのうち「不慮の溺死・溺水」は8,668人で交通事故の3,534人の2倍以上となっています。これを65歳以上の高齢者に限定してみると年々増加傾向を示しており、令和4年では7,900人が「不慮の溺死・溺水」で亡くなり、そのうち5,824人が家や居住施設の「浴槽」で亡くなっています(図1)。

65歳以上の不慮の溺死・溺水と交通事故の死亡数

また、令和4年の東京消防庁の救急搬送データの月別搬送人員数をみると、高齢者の「おぼれる」事故による救急搬送は12月から2月の冬季に多いことがわかります(図2)。

「おぼれる」事故による高齢者の月別救急搬送人員(令和4年)

入浴中の急死の多くは一人でいる時に起こるため実態が判断しにくく、実際には溺死であっても病歴などから心疾患などの病死と医師に判断されるケースもあると推察されており、実際の「不慮の溺死・溺水」による死亡者数は統計上の数の約5倍にもなる可能性があると指摘している文献もあります(参考資料6)。
では、なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。

統計による分析

少し古い統計になりますが、溺死者数の国際比較をみると日本の65歳以上の高齢者の溺死者数が極端に多いことがわかります(図3)。これは溺死者数の比較であり入浴中や浴槽内での死亡の比較ではありませんが、欧米ではシャワー浴が主であり、日本に特有の入浴形式である「熱い湯を張った浴槽に肩までつかる」ことが入浴中特に浴槽内の死亡事故の誘因の一つではないかと推察されます。また、暑い夏は浴槽につからないが寒い冬は浴槽につかるという入浴習慣も冬季に「おぼれる」事故が多いという事実と合致するものと考えられます。
また、令和4年の「浴槽での不慮の溺死・溺水」による年代別死亡者数をみると年代が上がるにつれて増加しており(図4)、高齢者になるほど起こりやすい事故であると思われます。図1でみられた「不慮の溺死・溺水」が年々増加している要因として高齢者の人口比率の増加、核家族化の進行などの社会的要因が考えられていますが、今後の増加を予防するためにはどのような対策を講じる必要があるのでしょうか。

人口10万人あたりの年齢別溺死率の国際比較

令和4年の「浴槽での不慮の溺死・溺水」による年代別死亡者数

ヒートショックとは

浴槽内の死亡の原因の一つとして想定されている病態に「ヒートショック」が挙げられています。これは温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動する等によって起こる健康被害を指し、これが誘因となって失神などの意識障害・心筋梗塞や不整脈・脳梗塞を起こすことがあり特に冬場に多く、高齢者に多いのも特徴とされています。
ではヒートショックはどのように引き起こされるのでしょうか。

温度と血圧の関係

この病態を理解するためには血圧と温度の関係性について知っておく必要があります。
血圧というのは血管壁が血液によって押される圧力で血圧=心拍出量×末梢血管抵抗、という式で表されます。寒い状況では血管が収縮して末梢血管抵抗が増加することで血圧が上昇し、逆に暖かい状況では血管が拡張して末梢血管抵抗が減少し血圧は低下します。
加齢や脂質異常などが原因で血管が硬くなって弾力性が低下した病態を動脈硬化といいますが、動脈硬化が存在すると少しのストレスや温度差などでも末梢血管の抵抗が変化して血圧の極端な変動が起こりやすくなります。

入浴にともなう物理的作用

入浴にともなう物理的な作用としては温熱作用と静水圧作用が挙げられます。
温熱作用とは血管拡張による血行促進によって臓器組織への酸素供給を増加させる効果のことで心臓の負担軽減と心拍出量の増加をもたらし、通常であれば好ましい作用と考えられます。

ところが、動脈硬化があって血管が硬い状況下で冬の脱衣所などの寒い環境になるとそこで血管が収縮し血圧が急に上昇して血液は心臓や脳などの重要臓器に偏って分布するようになり、その後に浴槽内に入浴すると温熱効果により血管が急に拡張して血圧が低下します。

特に高温浴(およそ42℃以上)の場合、末梢の体表面の血流が著しく増加し、脳や心臓に動脈硬化があると脳や心臓の血流量が急激に減少し虚血状態が生じ、意識消失や脳梗塞・心筋梗塞発症の原因となり得ます。また長時間の高温浴は発汗による脱水で循環血液量が減少し血液が凝固しやすい状況となり、梗塞の危険性が更に高まります。

また浴槽内につかっているときには体に大気圧と深さに比例した水圧、すなわち静水圧が働いていますが、浴槽内で立ちあがると急に静水圧が解除されて心拍出量が低下し、温熱による末梢血管の拡張と相まって血圧が低下し失神やめまい・意識消失の原因となります。

食事・飲酒・薬剤の影響

食後低血圧も高齢者の血圧調節障害の一つとして挙げられます。食後には食物を消化するため血液が腸に集中しますが、正常の場合は全身の血圧を維持するために心拍数が上昇し腸以外の血管が収縮します。動脈硬化等がみられる一部の高齢者ではこのような調節機能が低下して食後に血圧が低下する現象がみられます。少量の飲酒をした場合、体内でアルコールが血管を拡張させるアセトアルデヒドという物質を産生するため血圧が低下しますが、すでに高血圧と診断され降圧剤を内服している場合、飲酒により血圧低下反応が著しくなることがあるため特に注意が必要です。また睡眠薬の服用後の入浴も危険と考えられます。

注意点と対策

入浴前の注意点

  1. 温度差を減らすため、前もって脱衣所や浴室を暖める
  2. 脱水症状を予防するため入浴前に水分補給をする
  3. 食後すぐの入浴や飲酒後・睡眠薬服用後の入浴を避ける
  4. 同居者がいる場合、入浴前に同居者に一声かけ、入浴をすることを認識してもらう

入浴時の注意点

  1. 湯につかる前にかけ湯を行う
  2. 湯温は41℃以下、湯につかる時間は10分までを目安とする
  3. 湯音や入浴時間などについて温度計やタイマーなどを活用する
  4. 浴槽の水位を低めにして半身浴が望ましい
  5. 浴槽から急に立ち上がらない
  6. 同居者は高齢者の入浴中の動向に注意しこまめに声掛けをして様子を確認する
  7. 浴槽内で意識がもうろうとしてきたらすぐに湯を抜く

事故発生時の対応方法

  1. 浴槽の栓を抜き、助けを呼んで人を集める
  2. 入浴者を浴槽から出す、もしくは沈まないようにする。直ちに救急車を要請。
  3. 肩をたたきながら声をかけ、反応を確認
  4. 反応がない場合は呼吸を確認
  5. 呼吸がない場合、平らなところで仰向けにして胸骨圧迫による心臓マッサージと可能であれば人工呼吸を行う(救命講習などを受講することも有用と思われます)

おわりに

増え続けている「高齢者の浴槽内での不慮の事故死」の原因や病態を知ることによって実際の入浴前・入浴時に注意点を実践するようになれば安全な入浴習慣を得られ入浴関連死亡を予防することができ、健康寿命の延伸につながると考えられます。

参考資料

  • 入浴関連事故の実態把握及び予防策に関する研究について
    厚生労働省 がん対策・健康増進課
  • 消費者庁 コラムVol.4 冬に増加する高齢者の事故に注意!―入浴中の溺水事故
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/child/project_001/mail/20231211
  • STOP!  高齢者の事故 事故防止に役立つ一冊 東京消防庁防災部防災安全課 編集・発行
  • 入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究 平成24~25年度 総合研究報告書 堀 進悟 他 平成26年3月
  • トピックス 高齢者の入浴事故はどうして起こるのか?―特徴と対策― 東京老人総合研究所 高橋龍太郎 2002年
  • 建築と健康: 住宅内の事故、とくに入浴中の事故を中心に 「空衛」65号 p71-78 鈴木 晃 2022年11月
  • 入浴事故の危機管理:なぜ、入浴事故が起こっているのか
    総合危機管理 No.3 p84-90 黒木尚長 2018
  • 臨床研究 浴槽中急死の一主要機序 心臓 vol.54 No.11 p1264-1271 前田貴子他 2022年
  • 厚生労働省 令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況
  • 総務省統計局 独立法人統計センター 人口動態調査

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