同友会メディカルニュース

2019年7月号
インスリンポンプ:完全自動運転の人工膵臓へ

インスリンは、膵(すい)臓から分泌されるホルモンの一つで、血糖を下げる作用をもつほぼ唯一のホルモンです。糖尿病患者さんの中には、血糖値を正常に近づけ保つために、体外からこのインスリンを投与する必要のある方がいます。日本でも推計100万人以上がインスリン治療を受けています。経口インスリンの研究開発も行われていますが、現時点で使用できるインスリンは注射製剤しかありません。

インスリンポンプとは、細くて柔らかい管(カニューレ)を皮下に留置し、このインスリンを持続的に注入する携帯用の小型ポンプのことです。現在、インスリンの頻回注射(1日3回以上)では血糖コントロールが不十分な場合や、より厳格なコントロールが求められる糖尿病患者さんに対してこのポンプを用いた持続皮下インスリン注入(Continuous Subcutaneous Insulin Infusion :CSII)療法が行われています。

健康な人の膵臓は、常に少量のインスリン(基礎インスリン)を分泌していますが、食事や血糖上昇に応じて、インスリン分泌量を増やし(追加インスリン)、血糖を正常に保つ働きをしています(図1)。CSII療法でも、それに近い状況にすること、つまり24時間連続してインスリンを注入するだけでなく、食事にあわせて必要となるインスリンを追加注入することが可能です。

CSII療法では、患者さんの状態に応じて設定した速度で超速効型インスリン*を持続的に注入し、食事前には比較的簡単なボタン操作を行い、追加インスリンを注入します。基礎インスリン量は、30分ごとに調整できるので、血糖が下がってしまう時間帯は注入量を減らすなど、ライフスタイルに合った細かい設定も可能です。

〔図1〕 健康な人の血糖とインスリン分泌の変動イメージ

健康な人の血糖とインスリン分泌の変動イメージ

低血糖を予想しインスリン注入を一時停止

血糖値のコントロール目標の達成により、長期合併症(網膜症、腎症、神経障害)のリスクは低減されますが、従来の糖尿病治療では、HbA1c値を低下させると、それに伴い低血糖のリスクが増大することも報告されています(1)。

そのため、2018年3月には、日本でも、低血糖の予防に対する「自動ブレーキ」機能を備えたインスリンポンプが発売されています(図2)。これは、腹部などに装着したセンサーを用いて皮下組織の間質液**中のグルコース(糖)濃度を連続的に測定(Continuous Glucose Monitoring: CGM)し、血糖変動をリアルタイムでモニタリングし、低血糖を起こす可能性が高いと判断すると、自動的に基礎インスリン注入を一時停止するものです(Sensor Augmented Pump: SAP療法)。グルコース値が回復したり一定の時間を過ぎると、インスリン注入も自動的に再開されます。医療費の負担増やポンプ本体(約10㎝×5㎝)を体に装着しなくてはいけないなどの課題はありますが、これにより、夜間の無自覚性低血糖や重症低血糖は予防しやすくなりました。SAP療法では、インスリン頻回注射治療と比較して、低血糖リスクを増大させることなく、1型糖尿病患者のHbA1cを1年にわたり0.6%有意に低下させたとの報告もあります(2)。

〔図2〕 日本メドトロニック社 ミニメド640GとSAP療法イメージ

日本メドトロニック社 ミニメド640GとSAP療法イメージ

また、設定した低血糖・高血糖への到達予測のアラート機能(音やバイブで知らせる)を備えたCGM機器や、血糖値の送信や追加インスリンの注入操作ができるワイヤレスリモコンもあり、本邦でも、カニューレがなくリモコンで操作できる利便性の高いパッチ式インスリンポンプ(写真1)が2019年度中に販売予定となっています。海外では、個人の血糖変動パターンを学習しつつ、高血糖・低血糖を予測して基礎インスリンの注入量を5分ごとに自動制御する機能を持つインスリンポンプも登場しています。次世代システムでは、AIを活用し、追加インスリン量を決める際に、前に注入したインスリンの効き方をフィードバックして調整しています。

インスリン製剤においても、効果の時差の短縮のため、さらに速効性を高めたUltra超速効型インスリンの開発や投与方法の検討が行われています。

〔写真1〕 テルモ社 メディセーフウィズ

テルモ社 メディセーフウィズ

アプリでの完全自動運転化へ

リアルタイムCGMとインスリンポンプをBluetoothで接続して、完全自動化を目指しているものもあります。CGMでの測定値と食事の記録に基づいて、スマートフォン用アプリが自動的に必要なインスリン投与量を計算し、インスリンポンプから必要なインスリン量を注入するシステムです。

現在、ウェアラブルデバイスによる活動量のクラウド管理は実用化しており、食事内容は写真をアップロードすればAIがカロリーや栄養素を解析できるようになりつつあります。一度でも誤作動が起これば、生死にかかわるリスクがあるため、アプリの脆弱性や機器の安全性の担保などの問題のクリアは必須ですが、完全自動運転の体外式人工膵臓が使用される日が近づいてきているのは確かなようです。

超速効型インスリン*:注射後10分位から作用しはじめ、3~5時間作用が持続するインスリン製剤。

間質液**:細胞と細胞の間の液体で、グルコース、酸素やタンパク質などの物質は毛細血管から間質液へ、間質液から組織の細胞へと運ばれます。

参考文献

  • The Diabetes Control and Complications Trial Research Group. The effect of intensive treatment of diabetes on the development and progression of long-term complications in insulin-dependent diabetes mellitus. N Engl J Med. 1993; 329: 977-86.
  • Bergenstal RM et al. Effectiveness of Sensor-Augmented Insulin-Pump Therapy in Type 1 Diabetes. N Engl J Med. 2010; 363:311-320.

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

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