2020年5月号
HPV(ヒトパピローマウイルス)と子宮頚がん
ウイルス、と聞くと、今一番に思い浮かぶのは、新型コロナウイルスでしょうか。瞬く間に世界中に広がり、膨大な数の人が感染し、重症肺炎さらには死亡を引き起こしている恐ろしいウイルスです。しかし、人間の命を奪うウイルスは、コロナウイルスやインフルエンザウイルスだけではありません。ワクチン接種や、治療薬の開発により、いくつかのウイルスについては、飛躍的に病気の発症や死亡を抑えることが出来るようになってきています。今回は、そのうちの一つ、ヒトパピローマウイルス(HPV:Human Papillomavirus)と、HPV関連がんである子宮頚がんを取り上げたいと思います。
HPVとHPV関連がん
HPVは、100種類以上あるごくありふれたウイルスで、その一部が性交により感染し、性器、肛門、口腔、または咽喉やその周辺に「いぼ」を作ることがあります。性交経験のある男女の50~80%は、HPVに感染していると推計されていますが、多くは、感染後免疫によって排除されます。HPVが排除されずに感染が持続する(約10%)と一部に子宮頚がんやその前がん病変(頚部高度異形成)が発生すると考えられています。
がんの原因となるリスクの高いHPVは、少なくとも13種類分かっています。そのうち16型と18型の2種類が、特に高度異形成や子宮頚がんの発症リスクが高く、進行スピードも速い、また、ほとんどのHPV関連がんを引き起こすと考えられています。
HPVは、子宮頚がん以外にも、多くのがんの原因(全がんの5~10%)となり、世界中で57万人の女性と6万人の男性がHPV関連がんに罹っていると推定されています(表1)。
子宮頚がん
子宮は、下部の筒状の「子宮頚部(けいぶ)」と、上部の袋状の「子宮体部(たいぶ)」からなる鶏卵大の臓器で、この頚部に発生したがんが子宮頚がんです(図1)。日本では、年間約11,000人が子宮頚がんに罹患し、約2,800人が死亡しています。20代後半から増加して、40代でピークを迎えその後横ばいになりますが、近年、患者数・死亡者数とも漸増傾向で、特に、20~40代の若い世代での増加が著しくなっています。
HPVに感染した女性の子宮頚部の細胞の一部が、数年~数十年かけ頚部異形成(軽度→中等度→高度)となり、子宮頚がんへと進行していきます。
子宮頚がんの症状
頚部異形成の時期は、ほぼ無症状です。子宮頚がんになり進行すると、月経中でない時や性交時の出血や痛み、茶褐色や膿のようなおりもの、水っぽいおりものや粘液が多く出ることがあります。さらに進行すると下腹部や腰の痛みや、尿や便に血が混じることもあります。
子宮頚がんの診断
子宮頚部をブラシで擦り細胞を集め、顕微鏡で観察する細胞診検査(子宮頚がん検診)を行います。細胞診で異形成やがんが疑われる場合、超音波検査の他、コルポスコピーという拡大鏡で病変部の組織を採取(生検)して顕微鏡で病理診断を行います。もし、子宮頚がんと診断されたら、CT、MRI、PETなどの画像検査を行い、がんの広がりや転移の有無を調べ、病期(ステージ)を決定します。
子宮頚がんの治療法
高度異形成やごく初期の早期がんの段階で発見できれば、比較的予後は良く、子宮頚部の一部と体部が温存できる子宮頚部円錐切除術が行われます。術後妊娠は基本的に可能ですが、早産のリスクが高くなったり、子宮の入り口が細くなったり閉じてしまうことがあり、将来の妊娠・出産に影響する可能性があります。
一方浸潤がん(進行がん)には根治手術(子宮や卵巣を摘出・リンパ節を広く郭清)や放射線治療、抗がん剤による化学療法などが行われます。子宮頚がんの治療成績はかなり向上してきていますが、進行症例では、骨盤内リンパ節や肺などの遠い臓器に転移したり、子宮を支える靱帯を伝って周囲に広がったりするため、依然として予後は不良であり、治療後も、妊娠できなくなったり、排尿障害、下肢のリンパ浮腫、ホルモン欠落症状など様々な後遺症が出現することがあります。
子宮頚がんの予防
国内では、サーバリックス®(子宮頚がんの50-70%の原因となるHPV16/18型に対する2価ワクチン)とガーダシル®(良性の尖圭コンジローマの原因となるHPV6/11型が加わった4価ワクチン)の2種類のHPVワクチンが承認されています。ワクチンはHPVの感染を予防するもので、既に感染している細胞からHPVを排除する効果はありません。そのため、初めての性交前に接種することが望ましく、9歳から接種が可能です。現在世界の80カ国以上において、HPVワクチンに国の公費助成が実施されており、海外では、子宮頚がんの90%以上を予防できる9価ワクチン(ガーダシル9®:HPV 31/33/45/52/58も含む)が一般的となってきています。
早期にHPVワクチン接種を導入した欧米では、HPV感染や高度異形成の発生が有意に低下し、ワクチン接種世代では、ワクチンを接種していない同世代の人のHPV感染も低下しています(集団免疫効果)。国内でも、新潟の研究では、HPVワクチンが、HPV感染に対して90%以上の予防効果があり、特に、初交前にワクチンを接種した群では、HPV16/18 型に対する感染予防効果は93.9%と高く、さらにはHPV31/45/52 型に対しても67.7%の感染予防効果が認められました(図2)。また、大阪大学からは、HPVワクチン接種率が0%の世代に対し、ワクチン接種世代(接種率79%)では、20歳子宮がん検診において、細胞診異常率が5.7%と3.0%、高度扁平上皮内病変以上の異常が1.0%と0%、さらに異型性(悪性度)の高い子宮頚部上皮内腫瘍(CIN)3発生率は、0.8%と0%と有意に低いことが報告されています。
HPVワクチンと子宮頚がん検診が普及しているオーストラリアでは2028年には新規の子宮頚がん患者はほぼいなくなるとのシミュレーションがなされています(図3)。さらに、世界全体でも、HPVワクチンと検診の適切な組み合わせにより、今世紀中の子宮頚がんの排除が可能であるとシミュレーションされています。
一方、国内では、HPVワクチンは、定期接種ワクチンで助成対象(12~16歳)ですが、自治体からの積極的勧奨は現在中断され、接種率は女子の1%未満となっています。先進国で、日本のみがHPVワクチンの接種が進まず、子宮頚がん予防において世界の流れから大きく取り残されている状況です。
Kudo R, et al. J Infect Dis. 2019; 219: 382–390. より作成
Hall MT, et al. Lancet Public Health. 2019. ; 20: 394-407. より改変
HPVワクチンの安全性について
注射部位の一時的な痛み・腫れなどの症状は約8割の方に見られます。また、注射時の痛みや不安による失神(迷走神経反射)も報告されていますが、接種後30分程度の安静で改善します。一時マスコミで取り上げられた、HPVワクチン接種後の慢性の痛みや運動機能の障害などの多様な症状は、ワクチン接種の有無で発症頻度に有意差がなく、機能性身体症状(複合性局所疼痛症候群)と結論づけられています。WHOもHPVワクチン接種を推奨しています。
子宮頚がん検診について
ほとんどの自治体で、検診費用は公費負担となっており、20歳以上では2年に1回、少ない自己負担で子宮頚がん検診を受けることができます。但し、頚部異形成に対する感度は70%程度であり、HPV検査*との併用で、より高い精度で頚部異形成の状態での発見や、将来のリスク予測が可能になります。
*子宮頚癌の発生に関連の深い13種類のHPV感染の有無を判定する検査で、アメリカ、オーストラリアでは併用での検診が導入されています。がん検診目的の場合、日本では自費となります(当会ではオプションとして検査可能です)。
アメリカでは、9~45歳までの男女にHPVワクチン(9価)接種が認可され、26歳までの接種が推奨されています。日本でも、20~25歳の女性のHPV抗体の陽性率(既にHPVに感染している率)が30%程度であることから、26歳までのワクチン接種が推奨されています。初交前の方、HPV検査で陰性の方は、ワクチン接種を検討されてみてもいいかもしれません。
また、定期的な子宮がん検診は忘れずご受診下さい。もし検診で異常を指摘された場合や気になる症状がある場合は、怖がらずに早期に婦人科を受診しましょう。
参考文献
- 厚生労働省.がん登録 全国がん罹患数 2016年速報,2019年
- 日本産科婦人科学会HP.
http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4 - Kudo R, et al. Bivalent Human Papillomavirus Vaccine Effectiveness in a Japanese Population: High Vaccine-Type–Specific Effectiveness and Evidence of Cross-Protection. J Infect Dis. 2019; 219: 382–390.
- Yagi A, et al. Evaluation of future cervical cancer risk in Japan, based on birth year. Vaccine. 2019; 37: 2889-2891.
- Hall MT, et al. The projected timeframe until cervical cancer elimination in Australia: a modelling study. Lancet Public Health. 2019; 4: e19-e27.
- Simms KT, et al. Impact of scaled up human papillomavirus vaccination and cervical screening and the potential for global elimination of cervical cancer in 181 countries, 2020-99: a modelling study. Lancet Oncol. 2019; 20: 394-407.
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- 甘く見てはいけないインフルエンザ
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- 食習慣と腸内細菌の関係~代謝異常の視点から~
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- 今一度、低炭水化物食(糖質制限食)について考えてみましょう。
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- 腹部大動脈瘤も人間ドック・健診で早期発見を
- アルコールと消化器疾患について
- 糖尿病とがん・糖尿病治療とがんの関係
- 最近の禁煙事情
- 膵臓(すいぞう)がんについて知っておいてほしいこと
- 遺伝的なリスクはその後の行いで変えられるかもしれません
- 血尿とIgA腎症
- 動脈硬化疾患予防ガイドラインについて
- 機能性胃腸障害について
- ドライアイのリスクと治療
- 高血圧のタイプ別心血管・脳血管疾患リスクについて
- 遺伝情報を用いたオーダーメイド医療の時代が、すぐ近くまで来ています。
- 今の生活習慣が老後を決めてしまうかもしれません
- がん治療の最前線
- 骨粗鬆症の予防について
- 高血圧とは ガイドラインを中心に
- 消炎鎮痛剤とがんの意外な関係
- 食習慣改善はお菓子やジュース類を減らす事から始めましょう
- 日本人はなぜ平均寿命が世界でトップクラスなの?
- 大腸がん対策について
- 生活習慣改善の目標と方法
- ひとりひとりが認知症に対する備えを
- よい睡眠が健康にはとても重要です
- たかがコレステロール、されどコレステロール
- 肺がんには胸部CTが有効です
- 動脈硬化を調べましょう
- 「脂肪肝なんて」と軽く考えていませんか
- 減量に最適なカロリーバランスは?
- 血清抗p53抗体に関する話題
- 関節リウマチの話題
- non-HDL-Cを知っていますか?
- 経鼻内視鏡検査の普及が進んでいます
- NEAT(非運動性活動熱発生)をご存知ですか?座っている時間を短くすることが健康の秘訣かもしれません
食事プラスワン
- 第34回
- 夏に気を付けたい食中毒
- 第33回
- 肝臓を守る習慣
- 第32回
- 乳製品とLDLコレステロール
- 第31回
- 中食や外食の活用【コンビニ・スーパー】
- 第30回
- 休肝日を作ろう
- 第29回
- 熱中症に要注意
- 第28回
- 間食を見直そう
- 第27回
- 食べ物の消化時間
- 第26回
- 食事のバランスを整えよう
- 第25回
- 体重を測ろう
- 第24回
- 免疫力を高める
- 第23回
- 朝食をとろう
- 第22回
- 1日の目標塩分摂取量
- 第21回
- 上手な鉄分の摂り方
- 第20回
- カラダに良い油・悪い油
- 第19回
- 歯の定期健診も受けていますか?
- 第18回
- 食事バランス
- 第17回
- 運動でカロリーを減らすには
- 第16回
- 関節の痛みには・・・
- 第15回
- 骨を丈夫に!
- 第14回
- ごはんを適量食べる!
- 第13回
- 野菜プラスキャンペーン開始!
- 第12回
- 「お豆腐」食べ過ぎ注意報!
- 第11回
- 表示をよく見て、飲もう!
- 第10回
- おでんの選び方。
- 第9回
- くだものも、適量を食べる!
- 第8回
- 牛乳はどのくらい飲んでいますか。
- 第7回
- 早食いも、食事バランスも改善!
- 第6回
- 夜遅い食事が気になる人へ
- 第5回
- お酒が気になる人へ
- 第4回
- 菓子パンの食事を改善!
- 第3回
- アブラ料理もおいしく食べる!
- 第2回
- おつまみ選びの達人に!
- 第1回
- めんの時もバランスよく!
小石川の健康散歩道
- 第44回
- がん検診の受診はお済みでしょうか?~
- 第43回
- 「座り過ぎ」に要注意! ~毎日コツコツ、病気予防~
- 第42回
- 味噌汁は健康づくりの救世主?!
~味噌汁の塩分量と栄養素どっちをとる?~ - 第41回
- 食べる・育てる・観る ガーデニングの良いところ
- 第40回
- 推しの力!
- 第39回
- 炭酸飲料?お茶?あなたは何を飲みますか?
- 第38回
- 気になる喉の乾燥の防ぎ方
- 第37回
- 香りやにおい、マスク着用の日々だからこそ、意識してみませんか。
- 第36回
- こころを整える 〜リフレーミングをとりいれて〜
- 第35回
- パンダと一緒に健康に!?
- 第34回
- 好きな香りはありますか?
- 第33回
- 快眠のための寝具について
- 第32回
- マスクと肌トラブル
- 第31回
- 腸内環境を整えよう~腸活のススメ~
- 第30回
- 手洗い・消毒後は、保湿をセットで手荒れを予防
- 第29回
- 心を満たす食卓が鍵
- 第28回
- 『コロナ太り』を解消!要因を知って具体的な対策に
- 第27回
- 外出自粛期間を乗り切るコツ 運動編
- 第26回
- 飛行機内の湿度は砂漠よりも低い?!
- 第25回
- 「お料理」のススメ
- 第24回
- 階段利用で歩数UP・プチ筋トレ♪
- 第23回
- 釣って食べる!海釣りのオススメ~船酔い(乗り物)酔い対策編~
- 第22回
- 素敵な和菓子
- 第21回
- 『デンタルケアから始める健康管理』
- 第20回
- 『気にしていますか? 夜間熱中症』
- 第19回
- 本当の血圧はどれくらい? ‐意外と知らない血圧上昇の原因‐
- 第18回
- 五感を働かせ、楽しみながらの英語習得!認知症予防にも効果的!?
- 第17回
- 「素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」って本当?!
- 第16回
- 今、スポーツ観戦がアツイ!
- 第15回
- 釣って食べる!海釣りのオススメ ~運動編~
- 第14回
- 太鼓に感動!
- 第13回
- 運動前の糖質摂取―大事なのは種類とタイミング―
- 第12回
- 体質は遺伝する、習慣は伝染する。
- 第11回
- 新生活を迎える時ほど大切に!家族・身近な相手とのコミュニケーション
- 第10回
- もっと気軽に健康相談♪
- 第9回
- 食材で季節を感じてみませんか?
- 第8回
- 夏の日差しを楽しむために
- 第7回
- 休日は緑を求めて…
- 第6回
- お風呂好きは日本人だけ?
- 第5回
- 気分の高揚を求めて
- 第4回
- みなさん、趣味はありますか?
- 第3回
- 休み明けの朝だってすっきりさわやか、そんな生活への...
- 第2回
- 忙しい日々こそ、1日をふりかえること。
- 第1回
- 少しの工夫で散歩が変わる!