同友会メディカルニュース

2024年10月号
便秘・慢性便秘症について

“腸活”という言葉がごく普通に使われ日常の生活の中で定着していることは、腸の調子について皆さんの関心が高いことの現れと思います。医療の分野でも、通常体内に住み着いている腸内細菌が、身体に重要な役割を果たしていること、疾病との関連があることが明らかになりつつあり、注目されています。その腸の不調の代表である便通異常(下痢や便秘)の便秘についてが、今回のテーマです。紀元前1500年のエジプトですでに便秘を改善する方法についての記述の記録があるそうです。大変長い間人々を悩ませてきた便秘については、驚くほど長い間、科学的な解明がされてきませんでした。便秘薬についても長年目新しい変化がありませんでしたが、近年新しい機序によるいくつかの治療薬が認可・市販されました。それに伴い日本消化管学会の編集で、2023年7月に「便通異常症診療ガイドライン2023」1)が慢性便秘症と慢性下痢症の2冊が発刊されました。慢性便秘症の日常診療の指針となる様にガイドラインが更新されました。たくさんの人々を長年に渡り悩ませてきた便秘症については、まだまだ不明なことが多いのですが、今回は“便通異常診療のガイドライン2023慢性便秘症”の内容を中心に概説しました。

1)便秘・慢性便秘症の定義

なんと便秘、便秘症の定義が今更ながら更新されました。
便秘の定義は、2017年の慢性便秘症診療ガイドライン2017では、「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」と簡潔でわかりやすい表現でしたが、今回の便通異常診療のガイドライン2023では、海外での定義を考慮して「本来排泄すべき糞便が大腸内に滞ることによる兎糞状便・硬便、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態」とより具体的な表現となりました。

慢性便秘症は、「慢性的に続く便秘のために日常生活に支障をきたしたり、身体にも様々な支障をきたしうる病態」となっています。

2)慢性便秘症の分類(図1、図2)

慢性便秘症の分類は大きく2つに分けて、原因による分類(図1)と症状による分類(図2)とされています。原因による分類は、便秘自体が疾患の本態である一次性と他の疾患・病態による症状・副反応として発生した二次性に分けられます。症状による分類では、便が出ない排便回数減少型と便が出せない排便困難型に分類します。

〔図1〕 原因による分類

原因による分類

〔図2〕 症状による分類

症状による分類

3)便秘・慢性便秘症の頻度

厚生労働省による2022年 国民生活基礎調査の概況2)によると、便秘の有訴者率は、全体で3.6%、65歳以上で7.1%です。さらに男女別では、男性の全体で2.8%、男性65歳以上で6.8%、女性の全体で4.4%、女性65歳以上で7.4%となっています。この結果はアンケートによる集計なので印象としては便秘の頻度が少ない様に感じますが、65歳以上で便秘が多くなる、特に男性で増加が目立つようです。便通異常症診療のガイドライン2023によると慢性便秘症の有病率は、定義や集計の方法にもより、国や地域によりばらつきがあり正確ではないが、おおよそ10-15%と見積もられるとされています。

高齢化社会である日本で、年齢とともに増加する便秘・慢性便秘症については今後さらに重要な疾患となると考えられます。

4)便秘・慢性便秘症の診断(表1)

皆さんが便秘と自覚する症状としての“便秘”もありますが、ガイドラインでは便秘の定義に基づいて通常診療で用いる診断基準が示されています。

〔表1〕 慢性便秘症の診断基準
1. 「便秘症」の診断基準
以下の6項目のうち、2項目以上を満たす。
排便中核症状
  • C1(便形状):排便の1/4超の頻度で、残糞状便または、タイプ1(小塊が分離した木の実状の硬便・通過困難)かタイプ2(小塊が癒合したソーセージ状の硬便)である。
  • C2(排便頻度):自発的な排便回数が、週に3回未満である。
排便回数症状(排便の1/4超の頻度で)
  • P1(努責):強くいきむ必要がある。
  • P2(残便感):残便感を感じる。
  • P3(直腸肛門の閉塞感・困難感):直腸肛門の閉塞感や排便困難感がある。
  • P4(用手的分助):用手的な排便介助が必要である(摘便・会陰部圧迫など)。
2. 「慢性」の診断基準
6ヶ月以上前から症状があり、最近3ヶ月間は上記基準を満たしていること
ただし「日常診療」においては、患者を診察する医師の判断に委ねる。

RemeⅣ診断基準及び便通異常症診療ガイドライン2023より改変

表1のC1、C2、P1、P2、P3、P4の6項目のうち2項目の該当し、しばらく症状があれば慢性便秘症と診断されます。便秘の自覚症状がある方は、一度この診断基準と照らし合わせてみてください。

実際の医療機関に便秘の症状で受診する患者さんの診断では、まず二次性の便秘を除外することが重要です。大腸がんなどによる狭窄性器質性疾患の有無や症候性、薬剤性の有無についてなど二次性便秘症の可能性について検討します。また便秘症状をきっかけに大腸内視鏡検査を行うことで、たとえ便秘の原因となるような器質性狭窄がなくても大腸がんやその他の疾患の早期発見につながることも、日常診療ではよく経験されます。便秘があっても、長年のことだからとかなんとなく恥ずかしいから、市販の下剤で便が出ているからなどで、医療機関受診を控えている方もいらっしゃると思いますが、漫然と市販薬や腸活に勤しむだけでなく、一度は医療機関で相談することは重要です。

次に一次性便秘症のうち非狭窄性器質性便秘症の有無を検討します。非狭窄性器質性便秘症は形態変化や運動障害を認める場所(部位)によって小腸・結腸障害型と直腸・肛門障害型(器質性便排出障害)に分類されています。日常の通常診療では非狭窄性器質性便秘症について診断することは、一般的な検査がなく、必ずしも容易ではありません。一般的な便秘治療に反応が悪く、症状が強い場合で、非狭窄性器質性便秘症が疑われる場合は、専門的な検査が可能な専門病院の受診も検討します。

一次性で器質性変化がなければ、機能性消化管疾患としての慢性便秘症となります。これは通常一番多い慢性便秘症です。ガイドラインによると、慢性便秘症は生活の質(QOL)を低下させる、心理的異常が関与している、腸内細菌が関与しているとされていますが、大腸がん発生のリスクは不明となっています。さまざまな要因が複雑に関連していると考えられます。

5)便秘・慢性便秘症の治療(表2)

便秘・慢性便秘症の治療については、おもに機能性消化管疾患としての便秘症が主な対象です。治療の目的は「完全自発排便へ導き、その状態を維持することと生活の質の改善にある。」と高らかに宣言されています。高い目標ではありますが、漫然と下剤を使用し続けることは、厳に慎まなければならないと考えます。慢性便秘症に生活習慣の改善や食事指導・食事療法は有効とされています。

慢性便秘症の薬物治療については、現在本邦で使用されている保険適応の主な薬剤について一覧を作成してみました(表2)。

〔表2〕便秘に用いられる主な保険適応薬剤の一覧

便秘に用いられる主な保険適応薬剤の一覧
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a)浸透圧性下剤

薬剤成分の浸透圧勾配を利用して、腸内に水分分泌を引き起こすことで便を軟化させ、排便回数を増加させるものです。

b)膨張性下剤

薬剤成分は消化管内で吸収されず、水分により容積を増大させ、便形状の改善と便量増加により便通を促すものです。

c)刺激性下剤

腸内細菌や消化管内の酵素により加水分解されて、薬理効果のある活性体となり、腸の筋層間神経叢に作用して腸の蠕動運動を促進し、腸管からの水分吸収を抑制して下剤として作用します。

d)上皮機能変容薬

腸粘膜上皮細胞に作用して腸管内にCl―(塩素イオン)が分泌されて、それに伴い腸管内に水分が分泌されて効果を発現。さらにリナクロチドは消化管粘膜下の内臓感覚神経を抑制し内臓感覚過敏(腹痛)を改善させます。

e)胆汁酸トランスポーター阻害薬

胆汁酸は肝臓で合成され、十二指腸に分泌されて脂質の消化吸収を行い大腸の手前の小腸(回腸末端)にある胆汁酸トランスポーターから再吸収され、肝臓で再利用されています。この胆汁酸トランスポーターの作用を薬剤で阻害し胆汁酸が大腸に流入すると、胆汁酸が大腸粘膜に作用して、腸管内にCl―(塩素イオン)の分泌を促して腸管内への水分分泌と、粘膜下層の内在性感覚神経に作用して蠕動運動を起こさせます。これが排便回数の増加、便形状の改善をもたらします。

上皮機能変容薬2種と胆汁酸トランスポーター阻害薬1種というこれまでなかった種類の便秘治療薬が2012年から2018年にかけて上市され、慢性便秘症の治療薬の歴史の中では大きな出来事でした。いろいろな要因が複雑に関連した慢性便秘症の治療において、それぞれの患者さんにどの治療が最適なのか判断することは容易ではありません。その中で新しい作用機序の薬剤が使用できることは、大きく治療の幅を広げます。ご自身が処方された薬がどの様な作用の薬であったのか、その効果がどうであったかを知ることは、それぞれの患者さんに合った治療を見つける上で必要な情報です。ご自身がどの様な作用の便秘薬を内服したか確認してみてはいかがでしょうか。

便秘でお悩みの方は、ぜひ一度医療機関で相談してみてください。

参考文献

  • 日本消化管学会(編). 便通異常症診療ガイドライン2023 ―慢性便秘症, 江南堂, 東京. 2023 (ガイドライン)
  • 厚生労働省 政策統括官付参事官付世帯統計室. 2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況. 厚生労働省. 2023

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