同友会メディカルニュース

2016年3月号
血圧はどこまで下げればよいのか?

今回は昨年末に発表され大きな反響を呼んだSPRINT (Systolic Blood Pressure Intervention Trial)という臨床試験をご紹介し、高血圧の方が降圧目標をどの程度にするのが良いかを考えてみたいと思います。
SPRINTは、米国心臓協会(AHA)と米国脳卒中学会(ASA)が、2015年に発表された心血管疾患領域の研究論文の中で最も先進的な研究、として選定した10の論文の中で第1位を獲得しました。高血圧を治療して血圧を下げることで、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患を発症するリスクを低下させられることは分かっていますが、どこまで下げるのがベストなのかは常に議論の対象となってきました。このSPRINTでは、上の血圧である収縮期血圧に焦点を絞り、120mmHg未満を目標にする厳格降圧群(4,678例)と140mmHg未満を目標とする標準降圧群(4,683例)を比較し追跡調査しました。
その結果、心筋梗塞、その他の急性冠症候群、脳卒中、心不全の発症や心血管死が厳格群では、標準群2.19%/年に対し、1.65%/年と25%の有意なリスクの低下を認めました。また総死亡も厳格群が1.03%/年、標準群1.40%/年と27%のリスク低下を示しています。予定追跡期間は5年でしたが、早い段階で両群に差が出たため、2015年8月20日に早期終了し、追跡期間の中央値は3.26年となっています。
日本高血圧学会のガイドラインによれば、血圧治療における降圧目標は表のようになっています。75歳未満の一般的な収縮期血圧の降圧目標は、診察室の血圧で140mmHg未満ですが、今回のSPRINTの結果をそのまま捉えると、この目標は120mmHgになります。さらにSPRINTでは、CKD(慢性腎臓病)の有無、75歳以上と未満、心血管疾患の既往の有無など条件で分析していますが、いずれにおいても厳格群でリスクの低下がみられ、たとえ高齢であっても120mmHg未満に降圧したほうが良いという結果でした。

表  血圧治療における降圧目標
   診察室血圧 家庭血圧
若年者・中年者・前期高齢者患者(65歳以上) 140/90mmHg未満 135/85mmHg未満
後期高齢者患者(75歳以上) 150/90mmHg未満
(忍容性があれば
140/90mmHg未満)
145/85mmHg未満(目安)
(忍容性があれば
135/85mmHg未満)
糖尿病患者 130/80mmHg未満 125/75mmHg未満
CKD患者(蛋白尿陽性) 130/80mmHg未満 125/75mmHg未満(目安)
脳血管障害患者・冠動脈疾患患者 140/90mmHg未満 135/85mmHg未満(目安)
  • (注)目安で示す診察室血圧と家庭血圧の目標値の差は、診察室血圧140/90mmHg、家庭血圧
             135/85mmHgが、高血圧の診断基準であることから、この二者の差をあてはめたものである。
  • 日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2014年版」より

よく血圧の治療の際に降圧が強すぎると、ふらつきやだるさ等の低血圧に伴う症状が出現することがあり、その場合には降圧剤を減らすなどして血圧を無理に下げないようにすることもあります。しかしながら、SPRINTの結果からは、低血圧による副作用を心配するあまりに降圧が不十分になってしまうほうが不利益となることが推測されます。実際にSPRINTの副作用を解析した結果からは、厳格群で低血圧や失神、急性腎不全など低血圧に伴うと考えられる副作用が有意に増加しています。しかし、これらの副作用出現のリスクを負ったとしても、最終的には厳格群の死亡率が低くなったことは理解しなければいけません。
一方で、SPRINTの結果をそのまま日本の臨床現場に適応できるかどうかを判断するためには、様々な条件を考慮する必要があります。例えば血圧は測定方法に大きく影響を受け、特に診察室で医師が測定すると高く出る傾向があります。そのためガイドラインでも降圧基準は表のように家庭血圧のほうが低くなっており、同友会メディカルニュース2015年1月号でも説明しましたが、最近では家庭での血圧が重要視されています。SPRINTでは医師のいない場所で測定した血圧を用いているため、どちらかというとガイドラインの家庭血圧に相当すると考えたほうが良いと思われます。
また、前述したように、厳格降圧を目指すと失神や急性腎不全等の副作用が増えるため、血液検査や症状の確認などを行い、より慎重にフォローアップする必要があります。その他、SPRINTでは糖尿病と脳卒中の既往がある人は除外されていますので、そのような既往がある場合には他の臨床試験の結果を勘案すべきであり、人種差や日本でよく使用される降圧薬がSPRINTで優先して使用したものと異なることも考慮に入れる必要があります。
これら諸条件を加味した上でも、SPRINTの結果は今後の降圧目標値における議論に大きく影響を与えると思われます。しかし、世の中には140mmHgの基準すらしっかりとクリアできず、さらには180mmHgの重症高血圧でも放置されている例も多いのが実情です。理想的な降圧目標値の議論も重要ではありますが、産業保健や公衆衛生学的な観点でより多くの人の心血管リスクを減らすためには、どうしたら受診してもらうことが出来るかを考えることがより重要なのかもしれません。

参考文献・サイト:<

  • The SPRINT research group: A randomized trial of intensive versus standard blood-pressure control. N Engl J Med. 2015; 373: 2103-16
  • 日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2014

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

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