同友会メディカルニュース

2023年12月号
認知症基本法が成立しました。認知症について見直してみましょう。

みなさんは2023年6月に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」通称「認知症基本法」が成立したことをご存じですか。その目的は、“認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進”となっています。法律に則った認知症の行政対策が本格的に始まります。

日本神経学会監修の認知症診療ガイドライン2017によると英国、米国、ヨーロッパの国では65歳以上の人口に占める認知症の有病率は減少しています。一方日本の65歳以上の人口に占める認知症の有病率は増加傾向で、2012年の報告では有病率約15%と報告されています。現在認知症の方は460万人、ほぼ同数の方が認知症の前段階(軽度認知障害:Mild Cognitive Impairment MCI)と言われています。年齢別の認知症有病率は、加齢と共に加速度的に増加していきます。生涯で半数の方が認知症に罹患するとも言われます。2023年9月に総務省統計局から発表された統計では日本の65歳以上の人口は3623万人で、総人口の29.1%です。超高齢化社会である日本では、本人、家族、社会の中で認知症と関わりを持たない人はいないほど認知症は身近な疾患であり、法律が制定され、国としてようやく本格的に包括的な認知症対策が始まります。

これまでこのメディカルニュースでも、2011年9月号 一ひとりひとりが認知症に対する備えをー2017年7月号 ―認知機能障害についてーと取り上げてきました。(2010年8月号―認知症も早期発見が大切―もありますが現在同友会ホームページからは閲覧いただけません。)
今回、今一度認知症について簡単なまとめと最近のトピックについて報告します。

A)認知症のまとめ

1)認知症とは

認知症は単一の疾患を示す病名ではなく、一度正常に発達した知的機能が、さまざまな疾患や脳の障害による認知機能の障害により、行動や日常生活に支障をきたす状態で、せん妄(突然あるいは急速に発症する精神障害で、意識障害の一種で通常一過性、可逆的)や精神疾患ではなく認知機能障害が起こる状態。認知機能や行動障害は、a)記名記憶障害、b)論理的思考、遂行機能、判断力の低下、c)視空間認知(視覚情報を処理して、空間の全体的イメージを認知すること)の障害、d)言語機能障害、e)人格、行動、態度の変化がある。

2)認知症性疾患について

認知症は原因により大きく2つに分類できます。脳の変性疾患による原発性の認知症(一次性認知症)と、原疾患の症状として認知症を発症する続発性認知症(二次性認知症)です。それぞれ非常に多くの疾患が含まれます。

a) アルツハイマー型認知症67.6%*1 (一次性認知症)
認知症疾患の中で最多で認知症疾患の代表。脳内にアミロイドβなどのタンパクが沈着(どうしてアミロイドβが沈着するのかは現在のところ不明)して、神経細胞が変性、死滅し、海馬(記憶や空間学習能力に関わる部位)や頭頂葉が萎縮。主要症状は記憶障害。
b) 脳血管性認知症19.5%*1 (二次性認知症)
脳卒中(脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血)など脳の血管の障害による疾患が原因で発症。脳血管が閉塞する部位により症状が出現。記憶障害、判断力障害、感情失禁などが主要症状。症状の出現に波がある時は、“まだら認知症”とも言われます。男性に多く、症状が比較的早く進行。動脈硬化のコントロールで予防できる可能性のある認知症。
c) レビー小体型認知症4.3%*1 (一次性認知症)
脳の神経細胞にレビー小体という特殊なタンパク質ができて神経細胞が破壊され発症。男性に多く、女性の2倍。後頭葉(視覚、色彩認識など視覚情報の把握認識を行う部位)にレビー小体ができることが多く、“幻視”(現実にはないものが見える)が主症状。誤認妄想、手足が震えるパーキンソン症状もあることあり。
d) 前頭側頭型認知症 1.0%*1 (一次性認知症)
脳の約40%を占める頭頂葉(思考や感情をコントロールする部位)、側頭葉(言語の理解や聴覚、味覚の関係する部位)が萎縮して血流が滞り発症。物忘れより人格変化、異常行動が目立つ。
e) その他の認知症 7.6%*1 (一次性、二次性認知症)
それぞれの頻度は多くはありませんが、非常にたくさんの疾患が含まれます。続発性認知症のうち原疾患の治療により認知症症状の改善ができる可能性がある認知症を“治療できる認知症(treatable dementia)”といいます。認知症の可能性がある場合には、まず”治療できる認知症“の可能性がないかを検討することが重要です。

*1 頻度の出典は認知症診療ガイドライン2017 p12 2010年代前半の全国調査から

3) 生理的健忘と病的健忘の違い

加齢に伴う健忘(生理的健忘)と病的な健忘(病的健忘)の違いについては、皆さん大変興味があるところではないでしょうか。この違いを知ることは認知症早期発見のきっかけになる可能性があります。認知症診療ガイドラインに興味ある対比がありましたので引用しておきます。

生理的健忘と病的健忘の違い
  生理的健忘 病的健忘*
もの忘れの内容 一般的な知識など 自分の経験した出来事
物忘れの範囲 体験の一部 体験した全体
進行 進行・悪化しない 進行していく
日常生活 支障なし 支障あり
自覚 あり なし(病識低下)
学習能力 維持されている 新しいことを覚えられない
日時の見当識 保たれている 障害されている
感情・意欲 保たれている 易怒性、意欲低下

*アルツハイマー型認知症

出典:認知症診療ガイドライン2017 p9

B)最近のトピックス

これまで認知症に用いられる薬は、アルツハイマー型認知症、一部レビー小体型認知症において、病気の本体である変性タンパク質(アミロイドβ、レビー小体)に対してではなく、その沈着により起こる変化に対応する薬でした。コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル塩酸塩、ガランタミン臭化水素酸塩、リバスチグミン:脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素であるコリンエステラーゼの作用を拮抗して、脳内のアセチルコリンの量を増やす薬)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン塩酸塩:脳内のグルタミン酸とういう神経伝達物質が過剰となり、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体が過剰に活性化し、神経が障害されるため、NMDA受容体を拮抗して神経障害を防ぐ薬)です。

認知症の約70%を占めるアルツハイマー型認知症は、アミロイドβというタンパク質が脳内に沈着し、アルツハイマー型認知症の最も強い神経細胞毒性を示します。このアルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβを脳内から除去するレカネマブという薬が、日本のエーザイ株式会社と米国バイオジェン・インクで共同開発されました。このレカネマブは、アルツハイマー型認知症の進行を抑制し、認知機能と日常生活機能低下を遅らせることが実証され、2023年7月の米国での承認に次いで、2023年9月に世界で2番目に日本でも承認されました。アルツハイマー型認知症治療の非常に大きな転換が始まります。

認知症の診断は、病歴、身体・神経学的診察、認知機構検査、画像診断、血液検査、脳脊髄液検査によって行われます。アルツハイマー型認知症では、脳内にアミロイドβが認知症発症の15年以上前から沈着すると言われています。脳内のアミロイドβの沈着は、専用の試薬を用いたPET検査のアミロイドPETという画像診断で診断することができます。認知症でない人にもアミロイドβの沈着があり、認知機能低下があるが臨床的には認知症に至っていない軽度認知障害(MCI)に対しては、保健適応薬を含めた有効性の確立した治療法がないことを理由にガイドライン上、アミロイドPET検査は推奨されていませんでした。アミロイドβによる神経細胞障害は、一度障害を受けると再生が困難なため、早期診断、早期治療が重要なことは認知症でも変わりありません。レカネマブによりアミロイドβを除去することが可能であれば、より早期にアミロイドβの沈着を診断できれば、アルツハイマー型認知症の発症前に予防することができるようになるかも知れません。アミロイドPETの検査試薬であるフロルベタピル、フルテメタモルはこれまでも認知症検査薬として承認されていましたが、2023年8月軽度認知症疑いの方にも使用できるように厚労省から追加承認されました。軽度認知症の診断が、画像診断でもできる環境が整いつつあります。

症状のない方あるいは軽度認知障害(MCI)の方からより広く脳内のアミロイドβ沈着疑いを発見し、専門医受診やアミロイドPETなどの検査により診断確定するためには、あまり認知症症状が目立たない段階で専門医療機関受診のきっかけとなる検査が必要になります。アミロイドPETのような大掛かりな検査ではなく、より簡便なスクリーニング検査が必要となります。検査機関等で導入されている化学発光酵素免疫測定(CLEIA)を測定原理とした既存の全自動免疫測定装置を用いて微量血液検体で、17分で血液中のアミロイドβ2種を測定し、脳内アミロイドβの蓄積状態の把握を補助するための試薬が、2022年12月製造販売が承認され、2023年6月に日本で発売されました。まだ臨床使用や保健適応はありませんが、今回の認知症基本法の後押しもあり、そう遠くない将来にスクリーニングとして使用できるようになるかも知れません。

アルツハイマー型認知症の早期診断、早期治療(もしかしたら発症予防)の環境が整いつつあります。認知症患者さんとの共生社会の実現のために、まずはより多くの皆さんの認知症に対する理解を深めましょう。

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