同友会メディカルニュース

2012年5月号
がん治療の最前線

日本人の死亡原因の第一位を占めるがんの治療として有名なものに、外科的切除と抗がん剤治療があることは皆さんご存知のことと思います。生き物は細胞が集まりいろいろな機能を持つようになり、一つの個体となっていますが、がん細胞は一定の確率で体内にできているといわれています。ただそれが増えないのは自己の免疫細胞の働きによってがん細胞が排除されているからです。腫瘍細胞を殺傷する能力のある免疫細胞の代表はNK(ナチュラルキラー)細胞と細胞障害性T細胞(CTL)です。以前のこのコーナーでNK細胞のことは紹介しました(1)。今回は高度な殺傷能力を持つCTLの話をしましょう。

人間の個々の細胞にはHLA(human leukocyte antigen;ヒト白血球抗原)という、自分であるということを分からせるものがその表面上に存在しています。仮に自己以外の細胞(当然のことながら自己とは別のHLAを持つ)が入ってきた場合、それはCTLによって攻撃されることになります。がん細胞は当然ながら自分の細胞から発生する訳ですから、CTLによる排除が困難なのは当然のことと言えるでしょう。

一般的に蛋白質が生体内に入ると、抗原提示細胞なるものがそれを取り込み、細胞内でその蛋白質をペプチドという細かなものに分解し、それを細胞上に提示します。「これは自分と関係のない、異質のものだ」ということになり、種々の免疫反応を起こすことになるのですが、その免疫反応を演じる代表がCTLなのです。さて、最近の研究でがん遺伝子なるものが分かってきました。その代表がWT1という遺伝子です。WT1は小児の腎臓がんの原因遺伝子として見つかりました。WT1が作り出す蛋白は白血病細胞をはじめとして様々ながん細胞にたくさんあり、これを標的にCTLを教育しようという発想が出てきました。WT1遺伝子のうち抗原提示に重要なペプチドは分かっており、これを人工的に合成することが可能になっています。このペプチドを皮膚の下に注射するわけですが、注射すると「何か異物が入ってきた」ということで、抗原提示細胞が集まる。そして、そのペプチドを取り込み、異物という事で、その抗原だけを排除するCTLが誘導され、そしてこのCTLは同じ抗原を持っていると予想されるがん組織を攻撃するという図式が出来上がります。

この手法はまだ研究段階にあり、全国どこの施設でも行われている訳ではありませんが、例えば、高知大学ではより強力なCTLを作り出すことを工夫して成果を上げています(2)。個々人のHLAの型により有効な抗原ペプチドが違うため、その人に合わせた抗原ペプチドを作成したこと。そのペプチドを注射する際に熱処理した百日咳菌を一緒に注射し、パワフルなCTLを作り出したことに工夫の跡があるようです。個々人の特性に合わせた治療を行う事をオーダーメイド治療とも称します。これからはこのような治療も工夫されてゆくことでしょう。

ただ問題なのは全てのがん、全ての人に決して有効ではないことでしょうか。研究の対象になるのは前立腺がんなど、どちらかというとマイナーなものが多いようです。胃がんや大腸がんなどは頻度が高すぎて、がん抗原も多岐にわたっており、WT1を発現していないものが多いのかもしれません。これから研究が進み、がん抗原が新たに見つかってくるとCTLを教育できる機会が増えてくることも予想されます。がんになりやすい傾向に関しては生活習慣によるものも大きいと言われています。生活習慣を良いものにしながら、早期発見に努め、たとえ運悪くがんが見つかったとしても最新の治療法も考慮に入れ、対峙したいものです。

がん治療

(1)https://www.do-yukai.com/medical/12.html

(2)http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2008/2008-12/page09.html

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