同友会メディカルニュース

2016年4月号
歯周病・喫煙と乳がんとの関係

乳がんが最近増えているという話を前回紹介しました。今回は乳がんの発生に関して最近分かってきた、少しばかりショッキングな研究を紹介したいと思います。

アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんになりやすい遺伝子(BRCA1)を有しており、血縁関係にある人の多くを乳がんや卵巣がんで失い、ご自身はまだ40歳代にもかかわらず、将来(癌が)発生するかもしれない乳房と卵巣を切除したという話はあまりにも有名でしょう。乳がん全体の1割は遺伝が関係するとも言われており、BRCA1のような遺伝子も今後も見つかってゆくかもしれません。一方、乳がんは女性ホルモン感受性が高いと言われ、種々の危険因子があります。現在は初潮年齢が早く、逆に閉経になるのが遅くなっています。つまり、生理の期間が長くなり、女性ホルモンもそれだけ多く分泌されているということになり、このことが、最近乳がんが増えているという原因の一つとも考えられています。その他、妊娠歴あるいは授乳歴のない人、血縁に乳がんの方がいる人、アルコール摂取、喫煙も危険因子に含まれます。他の部位のがんと一緒で、非喫煙者に比べると喫煙者のほうが発症リスクは高いのですが、これに加えて歯周病も乳がんの発症リスクを上げているという報告(1)がなされました。

アメリカでの研究ですが、乳がんを発症していない閉経後の女性73737人(50歳から79歳)を対象にして、乳がんと歯周病・喫煙の関係を調べたもので、平均フォローアップ期間は6.7年でした。対象者のうち歯周病が報告された女性は26%で、一方、乳がんと診断された女性は2124人だったとのこと。そして、歯周病があると乳がんの発生リスクが全女性よりも14%高かったと報告されています。歯周病は文字通り、歯の周囲の炎症。以前は単なる口腔領域の感染症で、加齢と共に誰もが普通にかかる病気としての認識しかなかったと記憶しておりますが、最近は種々の全身疾患との関連が疑われているのです(2,3,4)。歯周病がない人の歯茎はピンク色をしており、触ってもブヨブヨしておりません。一方、歯周病の人の歯茎はやや赤っぽくなり、柔らかく触れます。押すと軽い痛みを感じたり、歯茎から組織液のようなものがにじみ出たりします。そのうちに歯がぐらついてきて、最終的には歯が抜け落ちてゆくものです。その昔、「リンゴを齧ると歯茎から血が出ませんか?」というCMがありましたが、これはまさしく歯周病への注意喚起と言えましょう。

表には歯周病のある対象者と喫煙の関係を示してあります。歯周病を有する人は非喫煙者では22.9%、一方、喫煙者では47.3%でした。禁煙して20年以上の人では30.3%、20年以内の人は45.6%となっています。また、禁煙して20年以上たった人は非喫煙者と比較して、乳がんの発生リスクはほとんど同じでした。一方、禁煙しても20年未満の人は喫煙者と同等の乳がん発生リスクを示しています。喫煙者の肺のタール成分がきれいになるのには10年くらいかかると教わったものです。しかし、癌の罹患リスクが非喫煙者と同等になるには20年以上もかかるなんて驚きですね。喫煙者や、禁煙しても間もない人の口腔内細菌叢は非喫煙者と異なっているともいわれています。歯周病を起こす細菌の種類はある程度分かっていますので、もう少し詳細なことを調べるとさらに面白いことが分かるかもしれません。

ではなぜ歯周病があれば乳がんになりやすいのでしょうか?もちろん確固たる機序が証明されている訳ではありませんが、次のように考えることは可能です。歯周病とは文字通り、歯の周囲の炎症で、そこでは炎症の原因となる細菌と白血球をはじめとする体の免疫力の間で激しい攻防が繰り広げられます。一般的に炎症がおきると、それを抑えるために集まった白血球から複数のサイトカインという物質が作られますが、実はそれらは癌細胞の発育を助長する役目も担っているのです。更に歯茎は歯髄という組織に非常に近く、これはいわば体の芯にあたり、血流も豊富です。ごく微量とはいえ、癌細胞の発育を促す物質が慢性的に(長い時間をかけて)全身に送られる環境が整えば、免疫力の隙間をかいくぐって癌細胞が大きくなる可能性があります。一方、禁煙しても、20年以下であれば乳がんになりやすいということに関しては解釈が難しいように感じられます。逆に喫煙の影響というのは癌発生に関してはそれだけ強いのだということを思い知らされる結果と解釈できるかもしれません。

癌の発生に関してはまだまだ解明すべきところはありますが、段々と分かってきました。喫煙と歯周病も乳がんに関係している可能性があるということであれば、予防の手だてがあるとも言えましょう。私がお世話になっている歯科医は、年に2回ほどは歯周病のケアをしましょうと、人間ドック受診者様にも伝えて下さいと言われます。歯周病ケアのため、望ましい歯磨きなど、毎日少しずつの生活習慣の改善を実施してみませんか?

表  歯周病と浸潤癌リスク(特に喫煙の状態と関連付けて)
喫煙の状態 対象者数 乳がん患者 歯周病罹患率 リスク
非喫煙 32,593 907 22.9 1.06
禁煙して20年以上 20,515 659 30.3 1.08
禁煙して20年未満 7,387 237 45.6 1.36
現在喫煙 2,467 74 47.3 1.32

参考文献:

  • Periodontal disease and breast cancer : Prospective cohort study of postmenoposal women. Jo L. Freudenheim, et al. Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention 25(1); 43-50, 2015
  • Periodontitis and systemic diseases: a record of discussion of working group 4 of the joint EFP/AAP Workshop on Periodentitis and Systemic Diseases. Linden GJ et.al. J. Periodentol ; 84: S20-3, 2013
  • Association between periodontal pathogens and a risk of nonfatal myocardiac infarction. Andriankaja O, et al. Community Dent Oral Epidemiol 39: 177-85, 2011
  • Periodentitis and risk of diabetes mellitus. Fitzpatrick SG et al. J. Denistry 38: 83-95, 2010

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