2021年2月号
味覚障害と亜鉛
味覚とは
味覚とは、食物の中の味を呈する水溶性の化学物質が、舌や咽頭の粘膜に存在する味蕾(みらい)の味細胞にある味覚受容体に受容され、味神経を介して大脳へ伝達される感覚です。この味覚という感覚の基本的な目的は、その味を呈する食物が、生体にとって摂取すべき物質なのか不要・有害な物質なのかを判断することです。
味蕾は、30~100個程度の味細胞から成る細胞集団です。口腔・咽頭・喉頭に成人で約7000個存在し、特に舌表面の舌乳頭に多く分布します。
味細胞のターンオーバー(新生・交代)は約10日間と短く、次々と新陳代謝が行われることでその機能が保たれています。
この味を伝える伝達路のどこかが障害されると味覚障害を来します。
日本における味覚障害の患者数は、2003年の全国調査によると年間約24万人と報告されており、2:3で女性に多く、また高齢者に多いとされます。近年の高齢化社会や慢性疾患患者の増加を踏まえると、味覚障害に陥っている人はさらに増加していると考えられます。
味覚障害の原因として多いのは、亜鉛欠乏、薬剤性、全身疾患性(糖尿病や肝硬変、炎症性腸疾患、慢性腎臓病など)、特発性です。複数の原因が複雑に絡み合っていたり、1つの原因から複数の機序をもって発症することもあるので、全ての原因を明確にすることはなかなか難しいですが、このうち薬剤性の主な発症機序は、薬剤のキレート作用(金属を結合させる作用)による亜鉛吸収障害(薬剤が亜鉛と結合して尿中に排泄されるため、尿中亜鉛排泄量が増加し、亜鉛欠乏を来す)であり、また全身疾患性味覚障害も、その機序は亜鉛吸収障害や排泄亢進、薬剤副作用としての亜鉛欠乏状態です。こう考えていくと、味覚障害の多くは亜鉛欠乏が関連していると言えます。
今回はこの亜鉛欠乏と味覚障害についてお伝えしていきます。
亜鉛欠乏症の診断
血清亜鉛値が60μg/dl 未満を亜鉛欠乏症、60-80μg/dlを潜在性亜鉛欠乏症としますが、80μg/dl以上でも亜鉛補充療法が有効なこともあります。
- 1.下記の症状/検査所見のうち1項目以上を満たす
1)臨床症状・所見
- 皮膚炎、口内炎、脱毛症、褥瘡(難治性)、食欲低下、
- 発育障害(小児で体重増加不良、低身長)、性腺機能不全、
- 易感染性、味覚障害、貧血、不妊症
2)検査所見 血清アルカリホスファターゼ(ALP)低値
- 2.上記症状の原因となるほかの疾患が否定される
- 3.血清亜鉛値
-
- 3-1: 60μg/dL未満:亜鉛欠乏症
- 3-2: 60~80μg/dL未満:潜在性亜鉛欠乏
血清亜鉛は早朝空腹時に測定することが望ましい
- 4.亜鉛を補充することにより症状が改善する
Definite(確定診断):上記項目の1. 2. 3-1. 4をすべて満たす場合を亜鉛欠乏症と診断する。
上記項目の1. 2. 3-2. 4をすべて満たす場合を潜在性亜鉛欠乏症と診断する。
Probable:亜鉛補充前に1. 2. 3.をみたすもの。亜鉛補充の適応になる
一般社団法人日本臨床栄養学会:亜鉛欠乏の診療指針2018より引用改変
血清亜鉛値は午前中に比べ午後は約20%低下し、また食後にはさらに低下傾向を示すため、継時的に評価するには同じ時間帯、できれば早朝空腹時に測定することが望ましいです。
亜鉛の働き
亜鉛は、300種類以上の酵素を活性化するのに必要な成分で、細胞分裂や核酸代謝などにも重要な役割を果たします。ほかにも、インスリン合成、膵臓からのインスリン放出、ビタミンAの代謝や蛋白質合成全般等にも関与しています。
よって亜鉛の生理作用は多彩で、①身長の伸び(小児)、②皮膚代謝、③生殖機能、④骨格の発育、⑤味覚・嗅覚の維持、⑥精神・行動への影響、⑦免疫機能などに関与しています。
従って亜鉛が欠乏すると、味覚障害以外にも下記のような症状が出てきます。
皮膚炎・脱毛、貧血、発育障害、性腺機能不全、食欲低下、下痢、骨粗しょう症、
創傷治癒遅延、易感染性
味覚への影響としては、亜鉛が欠乏すると、味蕾のターンオーバーが延長することや、味細胞の形態学的異常が起こることが報告されています。また、受容器(味蕾、味細胞)に影響するのみではなく、亜鉛欠乏状態では舌に分布する三叉神経や鼓索神経に対しての反応が低下していることが、亜鉛欠乏ラットモデルを用いた研究から示されています。
亜鉛補充療法
現在日本で使用可能な亜鉛製剤は、味覚障害に対する保険外使用が認められている抗潰瘍薬のポラプレジンク(プロマック)と、低亜鉛血症が保険適応病名の酢酸亜鉛製剤(ノベルジン)の2種類です。必要な亜鉛補充量は患者さんによって異なるので、亜鉛投与を開始したら1-2か月後に血清亜鉛値を確認し、その後も1-2か月ごとに血清亜鉛値を測定し、投与量の調節をします。
亜鉛投与による副作用としては、嘔気・腹痛などの消化器症状、血清膵酵素上昇、銅欠乏による貧血・白血球減少、鉄欠乏性貧血などが挙げられます。特に、亜鉛の長期大量経口投与では、銅や鉄の腸管での吸収が阻害されるため、亜鉛製剤投与中は、血清亜鉛値と共に血清銅値、血清鉄値も定期的にモニタリングしていく必要があります。
約半数では1か月以内に効果が出ますが、通常は3-6か月の内服期間が必要であり、高齢者や、発症後時間が経ってから治療を開始した場合では、より長期の治療期間が必要になります。ある研究報告によれば、亜鉛欠乏性味覚障害の自覚症状の改善率は73.3%であり、その平均治癒期間は22.7週とされています。
また、薬物療法に加えて、食事に注意して食品から亜鉛を摂ることももちろんできますが、食品中の亜鉛含有量は限られているため、食事療法のみで亜鉛欠乏症が改善するほど十分な量の亜鉛を摂取することは難しいといえます。高齢の方は特に、もともとの食事量が少なくて慢性的に摂取不足ということもありますので、普段から赤身肉やレバー、米飯など意識して食べるようにしていただくといいかもしれません。下記が、亜鉛含有量の多い食品の一覧です。
食品名 | 可食部100gあたりの 亜鉛含有量(mg) |
大人1食分のおおよその量 | |
---|---|---|---|
単位(重量) | 亜鉛含有量(mg) | ||
牡蠣 | 13.2 | 5粒(60g) | 7.9 |
豚レバー | 6.9 | 1食分 | 4.8 |
牛肩ロース | 5.6 | 1食分 | 3.9 |
牛肩肉 | 5.7 | 1食分 | 4 |
牛もも | 4 | 1食分 | 2.8 |
牛レバー | 3.8 | 1食分 | 2.7 |
鶏レバー | 3.3 | 1食分 | 2.3 |
牛ばら肉 | 3 | 1食分 | 2.1 |
ほたて貝(生) | 2.7 | 3個(60g) | 1.6 |
米飯(玄米) | 0.8 | 茶碗1杯(150g) | 1.2 |
うなぎ | 1.4 | 1/2尾(80g) | 1.1 |
米飯(精白米) | 0.6 | 茶碗1杯(150g) | 0.9 |
木綿豆腐 | 0.6 | 半丁(150g) | 0.9 |
たらこ | 3.1 | 1/2腹(25g) | 0.8 |
カシューナッツ(フライ) | 5.4 | 10粒(15g) | 0.8 |
納豆 | 1.9 | 1パック(40g) | 0.8 |
煮干し | 7.2 | 5尾(10g) | 0.7 |
アーモンド(フライ) | 4.4 | 10粒(15g) | 0.7 |
卵黄 | 4.2 | 1個(16g) | 0.7 |
そば(ゆで) | 0.4 | ざるそば1枚(180g) | 0.7 |
プロセスチーズ | 3.2 | 1切れ(20g) | 0.6 |
一般社団法人日本臨床栄養学会:亜鉛欠乏の診療指針2018より引用改変
最後に
亜鉛欠乏症以外に味覚障害を生じる病態として、口腔乾燥症、口腔カンジダ症、鉄欠乏性貧血、ビタミンB12欠乏症、嗅覚味覚同時障害(感冒後含む)、心因性味覚障害などがあります。
最近は、新型コロナウイルス感染症に伴う症状や後遺症としての味覚・嗅覚障害も話題になっています。新型コロナウイルスの場合、通常の感冒後嗅覚障害(感冒が治癒しても嗅覚障害が残存するもの)とはやや異なり、鼻炎症状がなくても突然嗅覚障害が生じ、後に感染が判明するという経緯もみられます。そのメカニズムはまだ解明されていませんが、味覚障害に関しては、味蕾や神経へのウイルスによる障害に加え、嗅覚障害に伴い食品の匂いがわからなくなる風味障害などが考えられます。
亜鉛補充療法や各種補充療法、そのほかの要因に対する治療で改善しないあるいは原因が特定できない特発性味覚障害では、漢方薬や、抗うつ薬などの神経障害性疼痛治療薬が有効な場合もあります。
味覚障害は、発症後6か月以上経過してから治療を開始した場合と、心因性味覚障害では有意に予後が不良です。一方、初診時の重症度や原因などは予後に関連しません。
味覚障害についてはいまだに亜鉛補充療法しか確立された治療法はなく、今後さらなる病態の解明が必要ですが、なるべく早期に適切な治療を開始することが、症状改善のために重要だと言えます。
参考文献
- 児玉浩子・他:亜鉛欠乏症の診療指針2018. 日臨栄会誌40:120-167, 2018
- 田中真琴・他:患者さんにも知ってほしい味覚のしくみ.耳鼻咽喉科・頭頸部外科 vol.91 No.12: 998-1002, 2019
- 任 智美・他:味覚障害の原因診断フローチャート. 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 vol.91 No.12: 1003-1007, 2019
- 山村 幸江・他:味覚障害の治療. 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 vol.91 No.12: 1007-1012, 2019
- 渡辺 陽久・他:亜鉛製剤の切り替えを要した低亜鉛血症を伴う味覚障害の1例. 日口内誌 第26巻 第1号:41-46, 2020, 6月
- 新型コロナウイルス感染症と嗅覚・味覚障害. 東京大学 保健康推進本部 保健センター HP
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- 腹部大動脈瘤も人間ドック・健診で早期発見を
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- 膵臓(すいぞう)がんについて知っておいてほしいこと
- 遺伝的なリスクはその後の行いで変えられるかもしれません
- 血尿とIgA腎症
- 動脈硬化疾患予防ガイドラインについて
- 機能性胃腸障害について
- ドライアイのリスクと治療
- 高血圧のタイプ別心血管・脳血管疾患リスクについて
- 遺伝情報を用いたオーダーメイド医療の時代が、すぐ近くまで来ています。
- 今の生活習慣が老後を決めてしまうかもしれません
- がん治療の最前線
- 骨粗鬆症の予防について
- 高血圧とは ガイドラインを中心に
- 消炎鎮痛剤とがんの意外な関係
- 食習慣改善はお菓子やジュース類を減らす事から始めましょう
- 日本人はなぜ平均寿命が世界でトップクラスなの?
- 大腸がん対策について
- 生活習慣改善の目標と方法
- ひとりひとりが認知症に対する備えを
- よい睡眠が健康にはとても重要です
- たかがコレステロール、されどコレステロール
- 肺がんには胸部CTが有効です
- 動脈硬化を調べましょう
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- 血清抗p53抗体に関する話題
- 関節リウマチの話題
- non-HDL-Cを知っていますか?
- 経鼻内視鏡検査の普及が進んでいます
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食事プラスワン
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- 夏に気を付けたい食中毒
- 第33回
- 肝臓を守る習慣
- 第32回
- 乳製品とLDLコレステロール
- 第31回
- 中食や外食の活用【コンビニ・スーパー】
- 第30回
- 休肝日を作ろう
- 第29回
- 熱中症に要注意
- 第28回
- 間食を見直そう
- 第27回
- 食べ物の消化時間
- 第26回
- 食事のバランスを整えよう
- 第25回
- 体重を測ろう
- 第24回
- 免疫力を高める
- 第23回
- 朝食をとろう
- 第22回
- 1日の目標塩分摂取量
- 第21回
- 上手な鉄分の摂り方
- 第20回
- カラダに良い油・悪い油
- 第19回
- 歯の定期健診も受けていますか?
- 第18回
- 食事バランス
- 第17回
- 運動でカロリーを減らすには
- 第16回
- 関節の痛みには・・・
- 第15回
- 骨を丈夫に!
- 第14回
- ごはんを適量食べる!
- 第13回
- 野菜プラスキャンペーン開始!
- 第12回
- 「お豆腐」食べ過ぎ注意報!
- 第11回
- 表示をよく見て、飲もう!
- 第10回
- おでんの選び方。
- 第9回
- くだものも、適量を食べる!
- 第8回
- 牛乳はどのくらい飲んでいますか。
- 第7回
- 早食いも、食事バランスも改善!
- 第6回
- 夜遅い食事が気になる人へ
- 第5回
- お酒が気になる人へ
- 第4回
- 菓子パンの食事を改善!
- 第3回
- アブラ料理もおいしく食べる!
- 第2回
- おつまみ選びの達人に!
- 第1回
- めんの時もバランスよく!
小石川の健康散歩道
- 第44回
- がん検診の受診はお済みでしょうか?~
- 第43回
- 「座り過ぎ」に要注意! ~毎日コツコツ、病気予防~
- 第42回
- 味噌汁は健康づくりの救世主?!
~味噌汁の塩分量と栄養素どっちをとる?~ - 第41回
- 食べる・育てる・観る ガーデニングの良いところ
- 第40回
- 推しの力!
- 第39回
- 炭酸飲料?お茶?あなたは何を飲みますか?
- 第38回
- 気になる喉の乾燥の防ぎ方
- 第37回
- 香りやにおい、マスク着用の日々だからこそ、意識してみませんか。
- 第36回
- こころを整える 〜リフレーミングをとりいれて〜
- 第35回
- パンダと一緒に健康に!?
- 第34回
- 好きな香りはありますか?
- 第33回
- 快眠のための寝具について
- 第32回
- マスクと肌トラブル
- 第31回
- 腸内環境を整えよう~腸活のススメ~
- 第30回
- 手洗い・消毒後は、保湿をセットで手荒れを予防
- 第29回
- 心を満たす食卓が鍵
- 第28回
- 『コロナ太り』を解消!要因を知って具体的な対策に
- 第27回
- 外出自粛期間を乗り切るコツ 運動編
- 第26回
- 飛行機内の湿度は砂漠よりも低い?!
- 第25回
- 「お料理」のススメ
- 第24回
- 階段利用で歩数UP・プチ筋トレ♪
- 第23回
- 釣って食べる!海釣りのオススメ~船酔い(乗り物)酔い対策編~
- 第22回
- 素敵な和菓子
- 第21回
- 『デンタルケアから始める健康管理』
- 第20回
- 『気にしていますか? 夜間熱中症』
- 第19回
- 本当の血圧はどれくらい? ‐意外と知らない血圧上昇の原因‐
- 第18回
- 五感を働かせ、楽しみながらの英語習得!認知症予防にも効果的!?
- 第17回
- 「素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」って本当?!
- 第16回
- 今、スポーツ観戦がアツイ!
- 第15回
- 釣って食べる!海釣りのオススメ ~運動編~
- 第14回
- 太鼓に感動!
- 第13回
- 運動前の糖質摂取―大事なのは種類とタイミング―
- 第12回
- 体質は遺伝する、習慣は伝染する。
- 第11回
- 新生活を迎える時ほど大切に!家族・身近な相手とのコミュニケーション
- 第10回
- もっと気軽に健康相談♪
- 第9回
- 食材で季節を感じてみませんか?
- 第8回
- 夏の日差しを楽しむために
- 第7回
- 休日は緑を求めて…
- 第6回
- お風呂好きは日本人だけ?
- 第5回
- 気分の高揚を求めて
- 第4回
- みなさん、趣味はありますか?
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