同友会メディカルニュース

2020年12月号
肥満症の対策ー行動療法についてー

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴い在宅勤務が推奨され、通勤が不要になることで運動量が減少し、今年は体重が増加してしまった、という声が周囲でよく聞かれるようになりました。

過度の体重の増加により肥満となると、様々な健康障害、特に生活習慣病のリスクが高まります。新しい生活様式への様々な変革が求められるいま、ここでもう一度肥満への対策を見直すことも必要と思われます。

一般に肥満に対しては食事療法と運動療法が標準的な対策として広く知られていますが、2016年に日本肥満学会より発行された肥満症診療ガイドラインではそれら2つの治療法に加えて、行動療法も重要である、とされています。あまり聞きなれない言葉ですが、行動療法とはいったいどのような治療法なのでしょうか。

今回は肥満症の治療の基本を振り返りつつ、行動療法について考えたいと思います。

1.肥満と肥満症の差異について

肥満とは脂肪が体内に過剰に蓄積した状態で、BMI[Body mass index、体重(kg)/身長(m)2で算出される]が25以上の状態を指します。

肥満症とは肥満に加えて肥満に起因・関連する健康障害(表1)を合併し医学的に減量が必要な病態であり、単純な肥満とは違って肥満症は疾患として取り扱われます。

〔表1〕 肥満症の診断基準に必須な健康障害
(肥満症診療ガイドライン2016年 pⅻ 表Bから一部改変)
  1. 耐糖能障害(2型糖尿病・耐糖能異常など)
  2. 脂質異常症
  3. 高血圧
  4. 高尿酸血症・痛風
  5. 冠動脈疾患・心筋梗塞・狭心症
  6. 脳梗塞・脳血栓症・一過性脳虚血発作(TIA)
  7. 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)
  8. 月経異常・不妊
  9. 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)・肥満低換気症候群
  10. 運動器疾患・変形性関節症(膝・股関節)・変形性脊椎症、手指の変形性関節症
  11. 肥満関連腎臓病

2.肥満症の診断と分類について

肥満症の診断はBMIが25以上と診断されたもののうち、①肥満に関連し減量を要する健康障害を有するもの、または②ウエスト周囲長により内臓脂肪蓄積を疑われ、腹部CT検査によって確定診断された内臓脂肪型肥満のいずれかの条件を満たすものとしています。

肥満症は、主に脂肪が存在する部位の違いにより内臓脂肪型肥満と皮下脂肪型肥満に分けられます。内臓脂肪とは腹腔内の様々な臓器の周囲に存在する脂肪のことを指しますが、内臓脂肪型肥満は健康障害を発症するリスクが高いことが知られています。内臓脂肪型肥満はメタボリックシンドロームなどでお馴染みのウエスト周囲長でスクリーニング(男性≧85cm、女性≧90cm)され、腹部CT検査(内臓脂肪面積≧100㎠)によって確定されます。

内臓脂肪は皮下脂肪に比較して代謝活性が高く、内臓脂肪の蓄積は様々な生理活性物質の産生に異常をきたし、これが生活習慣病の発症につながることが推測されています。このため、肥満症の診断基準に特に挙げられているものと考えられます。

一方、内臓脂肪は皮下脂肪に比較して減量により減少しやすいといわれています。

3.肥満症の原因

食生活に関してはエネルギー摂取量の過多、高い糖質摂取率、低い蛋白摂取率、早食いが肥満と関連し、身体活動では運動不足や不活発な座位時間の長さなどが肥満と関連することがよく知られています。これらの生活習慣に基づくエネルギーバランスのわずかな崩れの蓄積が肥満の原因となります。

具体的には、例えばわずかな間食で1日50kcal余分に摂取(表2に50kcalに相当する飲食物を示します)することが習慣化してしまったとして、それを毎日5年間継続すると単純計算で50kcal×365日×5年間=90,000kcalが過剰となります。体脂肪1kgは約8,000kcalに相当しますので、5年間で11.3kg体重が増加する計算となります。これは50kcalの運動消費量の減少でも同様の体重増加をもたらす計算となります。

〔表2〕 50kcalに相当する飲食物
ビール(350ml) 1/3缶
缶コーヒー(160ml) 1缶
ポテトチップス 1/10袋
あめ 4個
ビスケット 1.5枚
カップアイス(200g) 1/8個
餃子 1.5個
ラーメン・うどん 1/8人前
アンパン 1/6個

4.肥満症治療の目的

過剰な脂肪蓄積、つまり肥満を改善することにより肥満に起因する複数の疾患(表1に挙げられた疾患群)を一挙に改善させることが目的です。

少し細かいお話になりますが、データ的には体重1kg減量あたり血圧は1mmHg程度低下、LDLコレステロールは0.8mg/dL低下、HDLコレステロールは0.3mg/dL上昇、中性脂肪は1.3mg/dL低下し、BMIが2低下することで糖尿病発症リスクが27%低下するとの結果があり、これらの統計からも減量により複数の検査データが改善することがわかります。

5.減量治療目標は「現体重の3%以上の体重減少」

日本での肥満症の診断基準に合致した方を対象としたデータになりますが、ベースラインとなった体重(つまり肥満症と診断されたときの体重)から1~3%の体重減少により中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、HbA1c、肝機能などの血液検査数値が有意に改善し、3~5%の体重減少で収縮期・拡張期血圧、空腹時血糖、尿酸値も改善した、とのデータから、日本肥満学会の肥満症診療ガイドラインでは3~6か月間で現体重の3%以上の体重減少を減量の目標とし、その維持が重要であるとしています。

そのためには具体的にどのような方法が必要なのでしょうか。

6.肥満症治療の原則と行動療法

肥満症の治療には脂肪蓄積の原因となっているエネルギー収支のアンバランスを修復することが必要となります。具体的には食事と運動へのアプローチが主であることは広く知られていることと思いますが(食事療法と運動療法の基礎的事項については表3と表4に示しています)、厳格な食事制限・運動のみでは長期の持続が困難な場合が多いとされています。では、何故長続きしないのでしょうか。

〔表3〕 日本肥満学会による肥満症の食事療法

1日の摂取エネルギー量の算定基準:25kcal×標準体重(kg)以下
(BMI≧35の高度肥満症では20~25kcalに設定)

栄養バランス(上記エネルギー量の中の割合)

糖質 50~60%
蛋白質 15~20%
脂質 20~25%

*糖質:炭水化物から食物繊維を除いたもの

〔表4〕 運動療法のプログラムの原則
(肥満症診療ガイドライン2016年 p52 表4-5)
頻度
  • ほぼ毎日(週5日以上)実施する
  • 運動の急性効果を期待しなくてもよい場合、運動量が十分であれば週5日未満でまとめて運動してもよい
強度
  • 安全性のため、当初は低~中強度の運動から開始する
  • 運動に慣れてきたら強度をあげることも考慮する
時間
  • 1日合計30~60分、週150~300分実施する
  • 1回10分未満の中強度以上の運動を積み重ねるのでもよい
種類
  • 有酸素運動を主体とし、レジスタンス運動、ストレッチング、種々のコンディショニング・エクササイズを併用する。本人が楽しめて習慣化できる種目をみつけるよう促す
  • 日常の生活活動も増加させる
  • 座位時間を減少させる

運動療法に関してはメディカルニュース2020年9月号 「コロナ禍の今だからこそ、ウォーキングの価値を見直しましょう」をご参照ください。

それは肥満症の原因がライフスタイルや食行動様式・環境因子などが相互に絡んでおり発症の要因が多様であるから、といわれています。対症療法的な食事制限・運動療法のみでただ「やらされている感覚」ではなく、自身が問題に気付き自主的に減量に適した行動に向かう場合には長期維持が可能になると考えられます。

そこで肥満症の方が食事・運動療法のみでなく「今、何が自分にとって問題なのか」、つまり自分の場合は何が理由で肥満になっているのか、を具体的に知り、その根本的な原因を自覚することによって食行動やライフスタイルを自主的に、かつ適切に変容させることが治療の長期的な維持に必要であると考えられます。そのためのアプローチが「行動療法」です(図1)。

〔図1〕 肥満症治療指針
(肥満症診療ガイドライン p ⅹⅶ 図Eから一部改変)

肥満症治療指針

7.行動療法とは

肥満症の患者さんには食行動の異常が多くみられます(表5)。

まず患者さんの個々の肥満症発症の要因について問題点を抽出し分析することが必要となります。

〔表5〕 肥満症にみられる食行動異常
(肥満症診療ガイドライン2016年 p40 表4-2 一部改変)
  1. 食欲の認知性調節異常:間食・ストレス誘発性食行動
  2. 食欲の代謝性調節異常:過食・夜間大食
  3. 偏食・早食い・朝食の欠食

日常生活において「少々食べすぎた」ことや「ときどき間食する」という繰り返しにより肥満が形成されますが、それらの食行動の問題点を具体的に知る必要があり、食行動質問表(表6)を使用したアプローチが有用です。質問に答えることで患者自身が問題点に気付くことが重要で、治療する医師も問題点を把握しやすくなります。質問表から得られた回答をもとにダイアグラム(図2)を作成し、視覚的にも問題点を認識しやすくなります。また治療の評価にも使用されます。

〔表6〕 食行動質問表
(肥満症診療ガイドライン2016年p41 表4-3 一部改変)

肥満症にみられる食行動異常
「食行動質問表」PDFを開く

〔図2〕 食行動ダイアグラム
(肥満症診療ガイドライン2016年 p42 図4-3)

食行動ダイアグラム

食行動質問表から得られた患者の回答をもとに、7領域における各項目の合計点と総合計点を算出し、ダイアグラム上にプロットし線で結ぶ。ダイアグラムの外側ほど問題点が多いことを意味する。

体重を毎日測定することも自分の状況を認識するために重要です。肥満症診療ガイドラインでは1日4回(起床直後、朝食直後、夕食直後、就寝直前)の体重測定をし、これをグラフ化することが推奨されています。ベースとなるのは起床直後の体重で、前日の起床直後の体重と比較して自分で体重がなぜ増えたかを分析することで問題点を認識することが重要です。体重の日内変動は食べれば増え、食べなければ減る、という簡単な原則に従っていることを理解することが食行動の是正につながるものと考えられます。

たとえば夕食直後から就寝直前までの体重変化は夜間摂食の評価が出来ますが、このように細かく分析することで体重の増減をもたらした具体的な原因を知ることができ、食行動の是正につながるものと考えられます。

早食いも肥満と関連するといわれています。早食いをすることで満腹感を感じる前に食べ過ぎてしまうことがエネルギー摂取量の過剰をもたらし肥満の原因となることが考えられますが、摂取エネルギーを一定に調整しても食べる速さと肥満度に関連があるといわれています。習慣化した早食いを是正することは容易ではありませんが、噛み数を一定にしてこれを繰り返すことが有用で、前述のガイドラインでは30回咀嚼法が推奨されており、咀嚼自体が満腹感の形成を促進するため過食の予防にも寄与すると考えられています。

また朝食の欠食(単身赴任者に多いといわれています)や夕食時間の遅延も肥満者によくみられる食行動パターンです。朝食の欠食は昼食時に空腹感が増し、過食の原因となったり、朝食欠食後の昼食摂食時にインスリン分泌が高まることで肥満を助長します。

他にも日常の身体活動と関連して、座位時間の増加と肥満者の増加に相関関係があるといわれており、テレビ視聴時間は肥満度と関連がみられるとされています。

8.行動療法の意義

行動療法は、体重や食事内容・食行動について自己記録をすることによる自身の問題点の抽出と分析から始まり、その解析に基づいて自身で自主的に生活習慣や食行動を修正し、適正行動の実施につなげることで問題点を解決することが目標(図3)です。

〔図3〕 行動療法の概要
(肥満症診療ガイドライン2016年 p40 図4-2)

行動療法の概要

その適正行動の継続には報酬(体重減少や腹囲の減少、血圧やコレステロール値などの血液検査データの改善など)が重要です。報酬によって適正行動の内容がさらに強化され、継続されることになりさらなる減少を促し肥満症治療が推進されるものと考えられます。

参考文献

  • 肥満症診療ガイドライン2016 日本肥満学会編集 ライフサイエンス出版 2016年
  • 健診・健康管理専門職のための新セミナー生活習慣病 第2版 田中 逸著 日本医事新報社 2018年

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